― 患者背景を補正後も病院間の格差が残存することが明らかに ―
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部の青木拓也准教授、松島雅人教授の研究チームは、患者中心の医療の質指標である「患者経験価値(Patient Experience: PX)」について、国内初となる「ケースミックス調整モデル」を開発・検証しました。
PXは患者中心の医療を評価する世界標準の指標であり、近年、国内でも普及が進んでいます。一方で、年齢や健康状態などの患者背景の違いがPXスコアに影響を与えるため、病院間を公平に比較するには統計的な補正が必要であると指摘されてきました。
本研究グループは、全国83病院、13,602名の入院患者データに基づき調整モデルを構築し、患者背景の違いを補正(ケースミックス調整)した後もなお、病院間でPXスコアにばらつきが存在することを明らかにしました。本成果は、医療の質改善に向けたデータ駆動型アプローチや、医療機関の説明責任の向上を後押しする基盤となることが期待されます。
本研究の成果は、2026年9月26日付でInternational Journal for Quality in Health Care誌に掲載されました。
【研究成果のポイント】
• 全国83病院、13,602名の入院患者データを用い、国内初となるPXのケースミックス調整モデルを開発しました。
• 患者自身が自覚する健康状態(全般的な健康度や精神的な健康度)が、病院間のPXスコアの差に最も強く影響を与える調整因子でした。
• 本モデルによる調整の結果、3.4%〜10.2%の病院で相対順位の変動が生じ、公平な病院間比較におけるケースミックス調整の重要性が示されました。
• モデルによる調整後も病院間のPXスコアにはばらつきが残り、提供される患者中心の医療の質に依然として施設間格差が存在することが明らかになりました。
【論文情報】
Aoki T, Matsushima M. Case-mix adjustment of HCAHPS scores based on national benchmarks in Japan: a multicenter cross-sectional study. International Journal for Quality in Health Care. 2026. 10.1093/intqhc/mzag160
研究の詳細
1.背景
近年、患者中心の医療の質を評価する指標として、患者が受けたケアの具体的なプロセスを意味する「患者経験価値(Patient Experience: PX)」への注目度が国際的に高まっており、国内でも普及が進んでいます。入院領域では米国発のPX尺度「HCAHPS(Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems)」が広く活用されており、日本国内でもその信頼性と妥当性が検証されたHCAHPS日本語版の導入が進んでいます。
一方で、病院によって患者の年齢層、重症度や健康状態、入院経路などは異なります。欧米ではこれらの患者背景の影響を統計的に補正する「ケースミックス調整」を行ったうえで、PXスコアの病院間比較や情報公開が行われていますが、日本をはじめとするアジア地域では調整因子の特定や独自の調整モデルの開発が遅れていました。
2.手法
本研究は、日本ホスピタルアライアンス(NHA)が2023年に実施したPX調査のデータを用いて行われました。調査対象は、全国83病院(88〜800床)を退院した成人患者(20歳以上)です。
収集された13,602名の調査データから、HCAHPSの8つの評価領域(①看護師とのコミュニケーション、②医師とのコミュニケーション、③病院職員の対応、④病院の環境、⑤薬剤に関するコミュニケーション、⑥退院時の情報提供、⑦病院の総合的評価、⑧病院の推奨度)のTop-boxスコア(最も肯定的な回答をした患者の割合)を算出しました。このスコアは0〜100点で算出され、スコアが高いほど患者中心の医療の質が高いことを示します。
調整因子の候補として年齢、性別、主観的全般健康感、主観的精神健康感、入院経路を取り上げ、各因子の説明力(Explanatory Power: EP)を算定するとともに、線形確率モデルを用いて未調整スコアと調整後スコアの比較、およびKendallの順位相関係数による病院順位の変動を検証しました。
3.成果
分析の結果、病院間のPXスコアの差には、患者自身が自覚する健康状態(全般的な健康度や精神的な健康度)が最も強く影響していることが判明しました。
年齢、性別、主観的全般健康感、主観的精神健康感、入院経路を組み込んだケースミックス調整モデルを用いて患者背景の影響を統計的に補正したところ、3.4%〜10.2%の病院で相対的な順位の変動が生じ、医療機関を公平に評価・比較するうえでケースミックス調整が重要であることが示唆されました。
なお、調整によるスコアの変動は、特に⑤薬剤に関するコミュニケーション、①看護師とのコミュニケーションの領域で大きくなりました。
さらに、こうした患者背景の違いを補正した後であっても、病院間のPXスコアには依然としてばらつきが残っており、提供される患者中心の医療の質には施設間で確かな格差が存在することが浮き彫りとなりました。
図 全国83病院における患者背景調整済みHCAHPS Top-boxスコアの分布
出典:Aoki T et al., International Journal for Quality in Health Care, 2026. DOI: 10.1093/intqhc/mzag160(論文掲載の図を日本語訳・作成)
4.今後の応用、展開
本研究の成果は、日本における客観的かつ公平なPXベンチマークシステムの構築に寄与します。ケースミックス調整によって、患者層の違いによる見かけのスコア差が補正されるため、各医療機関は自院の真の強みや改善課題を正確に把握し、データに基づいた質改善活動を推進できます。さらに、患者背景の補正後も浮き彫りとなった病院間の質格差の是正に向けた政策立案や、医療の透明性・説明責任の向上への貢献が期待されます。
【メンバー】
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 准教授 青木拓也
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 教授 松島雅人