名城大学大学院総合学術研究科 内田美重大学院生・景山伯春教授(分子生物学)の研究グループは、同大学理工学部 田浦大輔教授(超分子化学)およびチュラロンコン大学理学部 Rungaroon Waditee-Sirisattha 教授と共同で、日本固有の食用ラン藻「スイゼンジノリ」がつくる紫外線吸収物質「サクリピン」の生合成の最初の重要な反応を担う酵素 AsLOX2 を明らかにしました。
研究グループは2023年、スイゼンジノリから紫外線吸収物質サクリピンを発見し、その後、抗酸化・抗糖化作用や皮膚に関連する複数の酵素に対する阻害作用、光・熱に対する安定性などを明らかにしてきました。しかし、スイゼンジノリがサクリピンをどのようにつくっているのかは分かっていませんでした。
今回、研究グループは、スイゼンジノリが持つリポキシゲナーゼ 注1)の AsLOX2 が、脂肪酸の一種の α-リノレン酸(ALA)注2)を酸化してサクリピンの前駆体を生成することを明らかにしました。さらに、この酵素反応に化学反応を組み合わせることで、α-リノレン酸を出発物質としてサクリピンまで変換できることを実験的に示しました。本成果は、サクリピン生合成の仕組みを明らかにするとともに、将来的な生物生産や製造技術の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年9月 29日に米国化学会が発行する天然物化学分野の国際学術誌「Journal of Natural Products」の電子版に掲載されました。
【本件のポイント】
・スイゼンジノリから2023年に発見した紫外線吸収物質「サクリピン」について、生合成の入口となる酸化反応を担う酵素 AsLOX2 を特定しました。
・AsLOX2が α-リノレン酸を酸化してサクリピンの前駆体9,16-diHPOTE
注3)を生成することを明らかにしました。
・AsLOX2 による酵素反応と化学反応を組み合わせ、α-リノレン酸からサクリピンまで変換できることを実証しました。サクリピンを「抽出する」だけでなく「つくる」ための研究につながる成果です。
【研究の背景】
スイゼンジノリ(学名:
Aphanothece sacrum)は、日本で古くから食用とされてきた淡水性のラン藻(シアノバクテリア)です。これまでにスイゼンジノリからは、高い保水性を持つ多糖「サクラン」や、紫外線を吸収する脂質由来化合物「サクリピン」など、特徴的な機能性成分が見いだされています。
研究グループは2023年、スイゼンジノリから、それまで知られていなかった2種類の紫外線吸収物質「サクリピンA」と「サクリピンB」を発見しました。サクリピンは、脂肪酸が酸化されて生じる「オキシリピン」と呼ばれる化合物の一種で、サクリピンAとBはそれぞれ316 nm、319 nm付近の紫外線を強く吸収します(図1)。

その後の研究によって、サクリピンには抗酸化作用や抗糖化作用に加え、エラスターゼ、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼなど、皮膚に関連する複数の酵素を阻害する作用があることを明らかにしてきました。また、光や熱に対して高い安定性を示すことも確認しています。これらの性質から、サクリピンは天然由来のUV吸収素材をはじめとする機能性素材としての応用が期待されています。
一方、サクリピンを将来的に素材として利用していくためには、安定して供給できる方法を確立することが重要です。しかし、スイゼンジノリがサクリピンをどのようにつくっているのか、その生合成の仕組みは分かっていませんでした。そこで研究グループは、サクリピンがつくられる反応を明らかにすることを目指しました。
【研究内容】
研究グループはまず、サクリピンの化学構造に注目しました。その構造的な特徴から、サクリピンは脂肪酸の一種である α-リノレン酸が酸化されてつくられるのではないかと考えました。そこで、脂肪酸に酸素を付加して酸化する「リポキシゲナーゼ(LOX)」と呼ばれる酵素に着目し、スイゼンジノリのゲノム情報を探索しました。その結果、リポキシゲナーゼの候補が2種類見つかり、これらを AsLOX1、AsLOX2 と名付けました。
実際に酵素を作製してその働きを調べたところ、AsLOX2 が α-リノレン酸を効率よく酸化することが分かりました。
特に重要なのは、AsLOX2 が α-リノレン酸を無作為に酸化するのではなく、サクリピンの特徴的な構造をつくるために重要な2か所に酸素を導入していたことです(図2)。 その生成物は 9,16-diHPOTE と呼ばれます。これは、これまで分かっていなかったサクリピン生合成の入口となる重要な反応です。
研究グループはさらに、AsLOX2 がつくった 9,16-diHPOTE に対して段階的な還元および酸化反応による化学変換を行うことで、実際にサクリピンへと変換することに成功しました(図2)。
これにより、α-リノレン酸を出発原料として、AsLOX2 による酵素反応と化学反応を組み合わせることで、サクリピンをつくる一連の生産ルートを実証しました。

今回明らかになった AsLOX2 による反応は、サクリピン生合成の最初の重要なステップです。さらに、生合成の解明だけでなく、α-リノレン酸からサクリピンを実際につくる方法を示した点でも重要な成果です。 今後、この前駆体からサクリピンへ至る生体内の反応をさらに明らかにすることで、
生合成経路の全容解明に加え、酵素・微生物を利用した新たなサクリピン生産技術への展開が期待されます。
【研究成果の意義】
現在、サクリピンはスイゼンジノリから抽出・精製して得ることができます。サクリピンを将来的に素材として利用していくためには、スイゼンジノリからの効率的な抽出・精製技術の開発とともに、さまざまな供給方法を検討していくことが重要です。
今回、サクリピン生合成の入口となる酵素 AsLOX2 を特定したことで、従来のスイゼンジノリからの抽出・精製に加えて、酵素や微生物を利用した生産についても検討できる可能性が広がりました。また、AsLOX2 による酵素反応と化学反応を組み合わせることで、α-リノレン酸からサクリピンまで変換できることを実証しました。これは、サクリピンの生産方法の選択肢を広げ、将来的な安定供給に向けた技術開発を進める上で重要な知見です。
【今後の展開】
今後は、9,16-diHPOTE からサクリピンへ至る反応を担う酵素を探索し、サクリピン生合成経路の全容解明を目指します。生合成に必要な酵素や遺伝子を明らかにできれば、それらを他の微生物などに導入することで、スイゼンジノリそのものを原料としない「サクリピンの生物生産」への展開が期待できます。また、今回示した酵素反応と化学反応を組み合わせた方法についても、反応条件や収率などを改良することで、新たな製造技術へ発展する可能性があります。
将来、サクリピンを安定して供給できる技術が確立されれば、その紫外線吸収能やこれまでに明らかにしてきたさまざまな機能性を生かし、天然由来の UV 吸収素材をはじめとする新しい機能性素材への応用研究をさらに進めることが可能になります。
【用語解説】
注1)リポキシゲナーゼ(LOX)
多価不飽和脂肪酸に酸素を付加する酵素。さまざまな生物に存在し、脂肪酸由来の生理活性物質などの生合成に関与する。
注2)α-リノレン酸(ALA)
植物油などにも含まれる炭素数18の脂肪酸の一種で、オメガ3脂肪酸として知られている。今回の研究では、AsLOX2 の働きによってサクリピンの前駆体へ変換される、サクリピン生合成の出発物質であることが示された。
注3)9,16-diHPOTE
α-リノレン酸にある特定の2つの炭素原子が酸化されて生成する化合物。今回、AsLOX2 による反応生成物として検出され、サクリピンへ至る重要な前駆体であることが示された。
【掲載論文】
雑誌名:Journal of Natural Products
タイトル:Lipoxygenase AsLOX2 Catalyzes the Gateway Oxygenation Step in the Biosynthesis of the UV-Absorbing Oxylipin Saclipin in the Edible Cyanobacterium
Aphanothece sacrum
掲載日:2026年9月29日
DOI:
10.1021/acs.jnatprod.6c00875
【本件に関するお問い合わせ先】
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名城大学大学院総合学術研究科 教授
景山 伯春(かげやま はくと)
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Email: kageyama@meijo-u.ac.jp
・広報担当
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Tel: 052-838-2006
Email: koho@ccml.meijo-u.ac.jp
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