腸内バクテリアの「盗み聞き」戦略を解明 ~腸内の「非優勢バクテリア」たちが手を組み、腸内環境の安定を支えていたことが明らかに~

法政大学生命科学部の山本兼由教授らの研究チームは、ヒトの腸内において多数派ではない「ビフィズス菌」と「大腸菌」が、独自の化学シグナルを介して密に連携している「腸内非優勢バクテリアネットワーク」を発見しました。健康に良いとされるビフィズス菌が、母乳オリゴ糖(HMO)などを分解する際に出す代謝の足跡(メタボリック・フットプリント)である「グルコース-6-リン酸(G6P)」を、大腸菌が専用の感覚チャネル(Uhpシステム)で敏感に感知・監視していることを突き止めました。この成果は、将来的に特定のバクテリア活動のみを制御する「精密プロバイオティクス」や新たな治療法への応用が期待されます。本研究成果は、2026年8月25日付けで国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。


【発表のポイント】


「善玉菌」と「大腸菌」の秘密の通信を解明:これまで見過ごされてきた、腸内の非優勢バクテリア同士が独自のネットワークでつながり、生存戦略を立てていることを初めて証明しました。

ビフィズス菌の「足跡」を大腸菌がレーダーで捉える:ビフィズス菌が母乳オリゴ糖などを食べて放出する「グルコース-6-リン酸(G6P)」を、大腸菌が「Uhpシステム」という感覚チャネルで監視する機構を分子レベルで特定しました。

優勢バクテリア(バクテロイデス属など)にはない独自のシステム:腸内で圧倒的多数を占めるバクテロイデス属からはこのシグナル放出が確認されず、非優勢菌同士だからこそ成立する、わずか「約40µm」の局所空間(スペーシャルハブ)での特殊な相互作用であることが分かりました。



【内 容】

■研究の背景:腸内という「過酷な情報社会」
 私たちの腸内には数百種、数兆個のバクテリアがひしめき合っており、限られた栄養をめぐって激しい生存競争を繰り広げています。これまでの研究では「どの菌がどれくらい存在するか(占有率)」に注目が集まってきましたが、異なる種の間でどのような「情報のやり取り」が行われているか、その具体的な分子メカニズムは多くが謎に包まれていました。特に、腸内細菌叢の大部分を占める主要な菌(バクテロイデスなど)以外の、いわゆる「非優勢なバクテリア(non-dominant phyla)」同士のネットワークについては理解が進んでいませんでした。

■研究の成果:ビフィズス菌の「食べこぼし」を聞く大腸菌
 本研究は、大腸菌が持つ「Uhpシステム」という感覚チャネルに注目しました。実験の結果、大腸菌はUhpシステムを用いて、ビフィズス菌が糖を代謝する際に環境中にわずかに漏れ出るグルコース-6-リン酸(G6P)を感知していることが判明しました。これは、例えるなら「お隣さんの夕飯の匂い」を嗅いで、自分の献立を準備するような戦略です。ビフィズス菌が食事(糖の分解)を始めると、その「匂い(G6P)」を大腸菌がセンサーでキャッチします。これにより、大腸菌は実際に栄養が自分のもとに届く前に、「次にくる栄養」を先読みして代謝の準備を整えることができるのです。
 この現象は、ブドウ糖(グルコース)だけでなく、ガラクトースなどの異なる栄養源を利用している際にも確認され、ビフィズス菌の代謝に伴う普遍的なシグナルであることが裏付けられました。この大腸菌の感知は腸内細菌で優勢を占めるバクテロイデスのバクテリアでは確認されませんでした。また、G6Pの拡散速度や腸内での分解速度を計算したところ、この「盗み聞き」を成立させるには、大腸菌とビフィズス菌が非常に近い距離に存在しなければならないことが分かりました。最新の空間解析データ(SAMPL-seqなど)と照らし合わせると、その距離は約40マイクロメートル以内であると推測されます。これは、腸内の非優勢バクテリアがバラバラに存在するのではなく、特定の種同士が寄り添って住む「空間ハブ(Spatial Hub)」を形成していることの重要性を強く示唆しています。

図 腸内バクテリアのビフィズス菌と大腸菌のミクロな生存戦略

■革新的な技術:不安定な「証拠」を捕まえる新手法
 細胞が分泌する化合物は多種多様なため、これまでの手法では特定が困難でした。本研究では、あえて酵素の働きを落とした変異体(Zwf変異体)を用いることで、シグナルをいわば「罠(トラップ)」にかける「キネティック・トラップ法」を考案しました。この手法により、シグナルの正体がG6Pであることを化学的に証明することに成功しました。

図 キネティック・トラップ法(細胞培養液中のシグナル分子を特定する手法)

【今後の展開】

 本研究は、「悪玉菌」と誤解されがちな大腸菌が、実はビフィズス菌の活動をいち早く察知し、お互いの生存を助け合うことで腸内環境の安定化(レジリエンス)に貢献しているという、新たなマイクロバイオームの制御モデルを提示しました。
 この「非優勢ネットワーク」の仕組みを応用することで、単に乳酸菌やビフィズス菌を摂取するだけでなく、腸内のマイノリティ細菌たちの通信を活性化させて腸内フローラを整える、次世代のプロバイオティクスや機能性粉ミルク、新たな腸内環境改善薬の開発につながることが期待されます。

【用語解説】

・母乳オリゴ糖(HMO):母乳に含まれる「2’-フコシルラクトース(2’ -FL)」などを代表とする難消化性の炭水化物。赤ちゃんの腸内では、ビフィズス菌の栄養源となり、ウイルス感染や病気から体を守るバリア機能を高める役割もある。
・Uhpシステム: 大腸菌が外部の糖リン酸を感知して細胞内に取り込むためのセンサー兼輸送システム。
・グルコース-6-リン酸(G6P): 細胞のエネルギー代謝における中心的な中間体。通常は細胞内に閉じ込められているが、ビフィズス菌などの特定の菌からは外部へ漏れ出ることが本研究で示された。
・SAMPL-seq: 腸内バクテリアの配置をマイクロメートル単位の精度で解析できる最新の空間メタゲノム解析技術。

【論文情報】

・タイトル: The Escherichia coli Uhp Two-Component System Functions as a Sensory Channel for Hexose Phosphates Secreted by Bifidobacterium
・著者: Tomotsugu Ohno, Masato Hoshino, Tsubasa Niino, Masanori Tamura, Miho Yoshimura, Kaneyoshi Yamamoto(Department of Frontier Bioscience and Research Institute of Micro-Nano Technology, Hosei University)
・掲載誌:Scientific Reports
・DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-026-64276-3
・URL: https://www.nature.com/articles/s41598-026-64276-3

【謝 辞】

 本研究は科学研究費助成事業・基盤研究(C)[20K05795・23K04998]の支援を受けました。

▼本件に関するお問い合わせ先

【研究内容に関するお問い合わせ先】
 法政大学 生命科学部
 教授 山本 兼由(やまもと かねよし)
 TEL: 042-387-6225
 E-mail: kanyamam@hosei.ac.jp

【取材に関するお問い合わせ先】
 法政大学 総長室広報課
 TEL: 03-3264-9240
 E-mail: pr@adm.hosei.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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法政大学
ホームページ
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ダイアナ コー
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