~筆記データを用いたパーキンソン病診断の可能性を探る基礎研究~
ゼブラ株式会社(本社:東京都新宿区/代表取締役社長:石川 太郎)は、順天堂大学(東京都文京区)と、脳神経科学の研究・研究開発支援を行う株式会社アラヤ(東京都千代田区 代表取締役社長:金井 良太、以下 アラヤ)と共同で、筆記データがパーキンソン病診断に応用可能か探るため、AIによるパーキンソン病診断モデル構築とAI解析手法を用いた詳細分析の結果を行い、2026年5/20~5/23にパシフィコ横浜で開催された第67回日本神経学会学術大会にて成果を発表しました。
ゼブラ株式会社は、「かく、その先のこと。」という新コーポレートスローガンのもと、「かく」ことを通して得られる体験価値の創出に取り組んでいます。中でもデジタル領域においては新たな体験やサービスの創出を目指し、新ブランド「Shimauma lab.」(シマウマラボ)を立ち上げ力を入れています。
本研究では、筆記時の筆圧・角度・速度などのデータを取得できるセンサーを搭載し、「かく」行為をデータとして可視化できる独自開発のセンサー搭載ペンを使うことで、医療分野への応用を目指しています。
■発表内容
【背景と目的】
パーキンソン病は、世界で数百万人が罹患する神経変性疾患であり、高齢化に伴い2050年には患者数が現在の約2倍に増加すると予測されています。現在、診断は専門医による視覚的な観察や主観的な評価尺度に依存しており、早期発見や日常的な経過観察を可能にする客観的かつ非侵襲的な「デジタルバイオマーカー」の確立が急務となっています。本研究では、日常的な「書く」という動作に着目し、手書き動作より「バイオマーカー」の特定を行うAIモデルの開発を目的としました。
【実験・解析内容】
センサーを搭載したペン
筆記に関するデータを取得できる
順天堂大学医学部附属順天堂医院のパーキンソン病患者50名と、年齢をマッチさせた健常者50名を対象に、15種類の筆記・描画タスクを実施しました。このうち、ストロークの区切りが明確な8タスクを主要解析の対象としました。解析にあたっては、得られたデータを「ストローク単位(1画ごと)」に分割し、さらに以下の3フェーズに分解して解析する独自の1次元CNN(Convolutional Neural Network)モデルを構築・適用しました。
3つの筆記フェーズ
●Rising(書き始めの筆圧上昇フェーズ)
●Horizontal(比較的安定した筆圧水平フェーズ)
●Falling(書き終わりの筆圧下降フェーズ)
「3つの筆記フェーズ」の例(筆圧時間推移のグラフと書字過程の様子)
【研究結果】
①筆圧とペン角度が、パーキンソン病患者を識別する主要な特徴ということがわかった
20種類の特徴量を解析した結果、2つのXAI (Explainable AI)手法(Integrated GradientsおよびOcclusion分析)が共通して「筆圧(Pressure)」と「ペン角度(Angle)」を最重要特徴量として特定しました。パーキンソン病患者は、脳内ドーパミン減少による神経疾患として、手首・指・前腕の筋固縮が知られており、ペン角度の動的調整の制限や筆圧の力加減が困難になると考えられます。
②ストローク終わりの「筆圧下降フェーズ(ペンを紙から離す動き)」に重要な特徴が集中
ストロークの3フェーズ別に解析したところ、書き終わりの筆圧下降フェーズ(ペンを紙から離す動作)において筆圧・ペン角度の重要度が高い傾向が見られました。
この結果は、パーキンソン病特有の「運動終了時のスムーズな力の解放が困難」という症状と一致しており、ストローク終わりの部分の動作パターンが重要な診断情報を含む可能性が示唆されました。
③平行線の間への書字タスクでは最も高い検出精度91%を達成
8種類のタスクを用いたCNNモデルの全体的な検出精度は83%を示しました。中でも「2本の平行線の間に文章を書く」タスクに限定した場合、最高精度91%となりました。線の間に書く空間的制約が、視空間処理・注意・運動実行の複合負荷を増加させ、パーキンソン病特有の運動・認知障害をより顕著に引き出すためと考えられます。
■今後の展開
今回、研究グループは専門医による主観的な評価尺度に依存しているパーキンソン病診断における、「書く」という動作による客観的かつ簡便な診断法の基盤を確立しました。主観から客観、そして複雑から簡便へのパラダイムシフトにより、パーキンソン病診断が脳神経内科医に限らず、広く行われる未来が期待されます。また、その診断法では、筆圧とペン角度が重要であることがわかりましたが、それらの情報を患者にフィードバックし、「書く」という動作を正常に近づけることにより、症状改善につながる可能性もあります。
■順天堂大学医学部神経学講座 服部 信孝 特任教授によるコメント
パーキンソン病の診断を、専門医の主観だけに頼らず、「書く」という日常動作から客観的に支えたい――その思いで本研究に取り組みました。筆圧とペン角度、特にストローク終端の動きが重要なデジタルバイオマーカーとなりうること、そしてごく簡便な書字タスクで91%という高い精度が得られたことは大きな成果です。将来は、自宅や地域医療の現場でも誰もが気軽にパーキンソン病の兆候をチェックでき、さらにフィードバックを通じて症状の改善・進行抑制にもつながるような、「書くこと」を軸にした新しい診断・リハビリのエコシステムを実現したいと考えています。
■順天堂大学医学部神経学講座 佐光 亘 准教授によるコメント
本研究では、AIの課題であるブラックボックス化を克服し、病態生理に基づく判断根拠からパーキンソン病診断モデル構築に成功しました。「書く」という日常的な動作から、筆圧とペン角度という二つのバイオマーカーが特定され、これらは、診断は当然ですが、その情報を患者さんにフィードバックすることにより、治療にも応用できる可能性を秘めています。研究を進め、皆さんの手元に実装された成果がもたらされるよう、一層努力していきたいと思います。
■ゼブラ研究担当者によるコメント
「かく」ことを通した医療分野への貢献を目指し研究を進めてきました。今回、筆記データを用いたAI解析手法を開発し、パーキンソン病診断に応用できる可能性が示されました。今後は、本研究成果をもとにセンサー搭載ペンの医療分野への社会実装を目指して研究開発を進めるとともに、「かく」ことを起点としたパーキンソン病研究を継続し、最先端の解析手法も活用しながら、日常的な「かく」という行為によって生み出される新たな価値と社会への貢献を追求していきます。
■アラヤ担当者によるコメント
医療AIが臨床現場で本当に役立つためには、「なぜそう判断したか」を説明できることが不可欠です。本研究では、理論的背景の異なる、説明可能AI(XAI)の2つの手法が共通して「筆圧」と「ペン角度」をパーキンソン病の重要指標として特定しました。AIの判断根拠を可視化し、医師が検証・信頼できる形で示せたことは、診断支援AIの社会実装に向けた重要な一歩だと考えています。アラヤは今後も、XAIを通じて医療・神経科学分野の課題解決に貢献してまいります。
■センサー搭載ペンとは
ゼブラ株式会社が開発した、本体にセンサーを搭載し、書いている時の速度、角度、筆圧、時間などのデータを取得できるペン。Bluetoothで様々なデバイスに接続して筆記のプロセスを可視化し、デジタル空間とつなぐことができます。
もちろん通常の筆記具(ボールペン又は シャープペン)のように紙に書くこともできます。
全長:146mm 重量:19.6g ※非売品