【玉川大学脳科学研究所 研究成果】 なぜヒトの手はこんなに器用? ~ 古い神経回路と新しい神経回路が役割分担して柔軟さと安定性を両立させていることを発見

玉川大学脳科学研究所、国立精神・神経医療研究センターを中心とする研究グループは、ヒトを含む霊長類において高度に発達した器用な手指運動が、進化的に異なる二つの神経回路の協調によって実現されていることを明らかにしました。


 従来、霊長類の器用な手指運動は、大脳皮質に存在する進化的に新しい神経回路が主役と考えられてきました。しかし本研究は、脊髄に古くから存在する神経回路も重要な役割を担い、両者が柔軟性と安定性という役割分担をしながら協調することで、器用な手の運動を実現していることを、霊長類を対象とした神経活動の解析により初めて明らかにしました。

 本研究成果は、令和8年2月12日(日本時間)に国際科学雑誌 “Science Advances” (AAAS) にオンライン掲載されました。

掲載論文名:
 Primate dexterous hand movements are controlled by functionally distinct premotoneuronal systems
 霊長類の巧緻な手指運動は機能的に異なる二つの運動前神経システムによって制御されている

著者:
 武井智彦*(玉川大学)、大屋知徹(玉川大学、国立精神・神経医療研究センター)、
 関和彦*(国立精神・神経医療研究センター) * 責任著者

■ この研究のポイント


霊長類の器用な手指運動は、主に大脳皮質にある進化的に新しい神経回路が担うと考えられてきた。

一方で近年になり、脊髄に古くから存在する神経回路も器用な手指運動に関与することが示されてきたが、両者の役割分担は不明なままであった。

本研究は、脊髄の運動前介在ニューロンが多くの筋をまとめて安定的に制御し、大脳皮質の皮質運動ニューロンが個々の筋を柔軟に微調整するという機能分化を明らかにした。

この成果は、霊長類における器用な手指運動の進化基盤の理解を深めるとともに、巧緻運動障害からの機能回復や、ヒトのように器用なロボット制御への応用につながると期待される。



■ 研究の背景

 ヒトは、文字を書く、箸を使う、楽器を演奏するなど、他の動物には見られない器用な手指運動を行うことができます。この能力は、道具の使用や文化の発展とも深く関わっており、ヒトらしさを象徴する重要な特徴の一つです。

 これまでの研究では、こうした巧緻な手指運動は主に、大脳皮質から運動ニューロン(※1)に直接つながる神経経路によって実現されていると考えられてきました(図1A)。このような経路は霊長類でのみに見られる進化的に新しい神経回路であり、霊長類に特有な器用な手指運動を担う中核的基盤と位置づけられてきました。

 一方で、脊髄には進化的に古くから存在する神経回路があり、これらも運動ニューロンへ入力を送っています(図1A)。しかし、こうした脊髄の神経回路は、反射や歩行といった比較的単純で自動的な運動を担うものと考えられ、器用な手指運動への関与は長らく過小評価されてきました。

 近年になり、脊髄に存在する運動前介在ニューロン(※2)が、サルの器用な手指運動中にも活動し、実際に手指の筋活動を与えていることが明らかになりました。しかし、進化的に新しい大脳皮質の回路と進化的に古い脊髄の神経回路が、どのような役割分担のもとで協力し、霊長類の器用な手指運動を実現しているのかについては、これまで明らかにされていませんでした。

■ 研究内容

 研究グループは、サルに精密な「つまみ動作(精密把持)」を行わせながら、脊髄に存在する運動前介在ニューロンおよび大脳皮質に存在する皮質運動ニューロン(※3)の神経活動を、20個の手および腕の筋肉の活動と同時に記録しました。

 解析の結果、両者はどちらも手指の筋群に影響を及ぼしているものの、その制御様式には明確な違いがあることが明らかになりました。運動前介在ニューロンは、多くの筋肉を同時に活性化する広範な出力特性を示し、手全体として安定した運動を生み出す役割を担っていました。一方で、皮質運動ニューロンは、限られた筋肉に選択的に作用し、個々の筋肉をより柔軟に調整するような制御に関与していました(図1B)。

図1 精密な手指運動を制御する二つの神経回路 (A)手の運動には進化的に新しい皮質運動ニューロンと古くから存在する運動前介在ニューロンが関わる。 (B)運動前介在ニューロンが多くの筋を同時に活動させているのに対して、皮質運動ニューロンはより個々の筋肉を制御していた。

 さらに、数理的手法によって筋活動を「基本的な協調パターン(筋シナジー)」と、それでは説明できない「個々の筋肉に独自の活動(残差成分)」に分解したところ、運動前介在ニューロンの活動は主に筋シナジー成分と強く対応するのに対して、皮質運動ニューロンの活動は、個々の筋の残差成分とより強く相関していることが示されました(図2)。

 これらの結果から、霊長類の器用な手指運動は、脊髄によって作り出される「全体的で安定的な制御」の上に、大脳皮質によってもたらされる「より個別的で柔軟な微調整」が重ね合わされるという、二層的な制御構造によって実現されていることが示されました。

 繊細な運動をするためには、微細な神経回路で全ての筋活動を制御すればよいように思えます。しかし、すべての筋活動を微細な回路で制御しようとすると、筋活動を協調させるために大変なコストがかかります。そのため、安定性と柔軟性という二種類の異なる神経回路を上手く活用することが、霊長類の手の運動の巧みさの源になっているのではないかと考えられます。

図2 手指運動中の筋活動を制御する二つの成分 (A)手の運動中の筋活動を、少数の「基本的な活動パターン」の組み合わせで説明できる成分(筋シナジー活動)と、「個々の筋肉の独自の成分」(残差成分)に分解した。 (B)運動前介在ニューロンは筋シナジー活動とよく相関した活動を示したのに対して、皮質運動ニューロンはより残差成分に近い活動を示した。

■ 将来的な展望

 本研究は、霊長類の器用な手指運動が、進化的に古い回路と新しい回路が協調して作られているという新たな枠組みを提示するものです。この視点は、ヒト(霊長類)らしさがどのような神経基盤の上に獲得されてきたのかを理解するための、重要な基礎的知見となります。

 こうした進化的理解の深化は、運動制御に関する神経科学の理論的枠組みを拡張するとともに、巧緻運動障害の病態理解にも新しい視点を与えると考えられます。その延長として、脳卒中や脊髄損傷後の手指運動機能回復に向けたリハビリテーション戦略の構築や、ヒトのように器用な手をもつロボットや義手の制御原理への応用にもつながる可能性があります。

 本研究の成果は、ヒト(霊長類)の進化と行動を支える神経基盤を理解するための基礎研究としての意義を持ち、その上で医療・工学分野への波及が期待されるものです。

■ 本研究について

 玉川大学、国立精神・神経医療研究センター、生理学研究所の共同研究として、日本学術振興会/文部科学省 科学研究費助成事業(課題番号18020030, 18500315, 20020029, 23300143, 26120003, 26250013, 19H05724, 19H01092, 23H05488, 24K21313, 06J02928, 21700437, 23700482, 19H03975, 22H04783, 24K02846)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJPR09G8)、JST創発的研究支援事業(課題番号JPMJFR2045)、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(課題番号JP24wm0625412)、情報通信研究機構(NICT)委託研究(課題番号22102)、日米共同脳研究プログラム(CRCNS:NSF/NICT、課題番号 2113096)、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団、ブレインサイエンス振興財団などの支援により実施されました。

■ 用語解説

※1 「運動ニューロン」
 脊髄から筋肉へ直接信号を送り、筋収縮を引き起こす神経細胞。運動を行う際の最終的な神経系からの出力の座。(英)motoneuronまたはmotor neuron。

※2 運動前介在ニューロン
 脊髄に存在し、運動ニューロンの前段で筋活動を調整する介在ニューロン。反射回路や様々な下行性の入力を受けて運動ニューロンを活動させると考えられている。(英)premotor interneuron。

※3 皮質運動ニューロン
 大脳皮質に存在し、脊髄の運動ニューロンに直接投射する神経細胞。霊長類で特に発達しており、巧緻な運動制御に重要な役割を果たすと考えられている。(英)corticomotoneuronal cell。

▼本件に関する問い合わせ先
学校法人玉川学園 教育情報・企画部広報課
住所:東京都町田市玉川学園6-1-1
TEL:042-739-8710
FAX:042-739-8723
メール:pr@tamagawa.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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