世界で初めてトポロジーの原理を利用したギガヘルツ超音波回路を実現 ~無線通信用高周波フィルタの小型・高性能化に向けた要素技術を実現~

日本電信電話株式会社

発表のポイント:
  • 超音波トポロジカル弾性体という特殊な物質をミクロな穴の周期列からなる人工弾性構造を用いて実現しました。
  • 本構造により、複雑で微小な形状の経路でも反射がなく安定して進む超音波の伝搬に成功しました。
  • 本成果は、スマートフォンやIoTデバイス等の無線通信の品質を支える超音波フィルタの小型化や高機能化に繋がると期待されます。
 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立大学法人岡山大学(以下「岡山大学」)は、世界で初めてトポロジーの原理を利用したギガヘルツ超音波回路を実現しました。本技術により、半導体チップ上のミクロな空間においても、反射の影響を受けることなく、超音波の流れを自在に制御できるようになります。従来の技術では難しかった折れ曲がった小型導波路構造における反射の問題を解消し、スマートフォンやIoTデバイス等の無線通信端末に用いられている超音波フィルタの小型・高性能化に繋がることが期待されます。
 本成果は、2024年7月16日から19日に富山県・富山市で開催される国際会議「14th International Conference of Metamaterials, Photonic Crystals and Plasmonics」(略称:META2024)にて招待講演として発表されます。

1.背景
 近年、5G(第5世代移動通信システム)に代表されるように、無線通信技術が急速に発展しており、人間だけでなく、家電や車など、あらゆるものがインターネットに接続し、相互にコミュニケーションを取るIoT社会になっています。無数の電波が飛び交う中で混信を避けるために、スマートフォンなどの無線通信端末は、所望の信号のみを精密に抽出して受信する必要があります。そのために重要な役割を果たすのが超音波フィルタです。超音波は、物質がキロヘルツ(kHz)からギガヘルツ(GHz)の周波数で振動する波を指します。これは、通常の電波と比較してずっと細かな波によって構成されており、さらにはエネルギーの素子外への漏れが極めて小さいという優れた性質を持っています。そのため、電子部品から作るフィルタよりも圧倒的に小さく省電力なフィルタを実現できます。
 
図1:既存の超音波フィルタ(上)とトポロジカル超音波フィルタ回路(下)の模式図。既存の超音波フィルタでは1デバイスにつき単一のフィルタ機能を持ちます。一方で、トポロジカル超音波フィルタ回路では、微細な回路構造を用いて多数のフィルタを微小基板上に集積できるため、1デバイスにつき複数のフィルタ機能を実現可能になります。

 無線通信端末は、Wi-Fi、Bluetoothなどの通信方式や使用する国や地域によって、さまざまな通信帯域を利用します。例えば、ハイエンドのスマートフォンは100個近い超音波フィルタを搭載していると言われており、これによって異なる帯域の信号を効率的に送受信できるようになります。近未来のより高度に発展したIoT社会では、ますます多くのフィルタが必要となり、更なる小型化が重要になってきます。そのためには、電気の配線のように、細い経路(導波路)に振動を閉じ込めて所望の方向に導くことができる超音波の回路が必要です。しかしながら、超音波は曲げることが難しく、急な方向の変化は直ぐに後方反射を引き起こすという問題がありました。それゆえ、微細な超音波回路を実現することはこれまで困難でした。
 今回、NTTと岡山大学は、数学の理論であるトポロジー(※1)を新たに活用して、ギガヘルツ超音波の後方への反射を抑えて伝搬できる「トポロジカル超音波回路」を実現しました。この回路を伝わる超音波は、周囲の周期孔の形状によってつくられるトポロジカル秩序(※2)で守られ、反射がなく安定した伝搬を示します。そのため、導波路の形状に関係なく、超音波は反射せずに滑らかに伝わります。今回の検証により、この性質をもつトポロジカル超音波回路を利用して、従来技術を使うと数万平方マイクロメートルほどのサイズになってしまう超音波フィルタを、その100分の1以下である数百平方マイクロメートルのサイズへの小型化に成功しました。この成果は、無線通信端末で広く使用されている超音波フィルタの小型・集積化や多機能化を可能とする技術として期待されます(図1)。

2.実験の概要
 導波路構造は、左回りまたは右回りに5°だけ傾けた周期孔からなる二種類のトポロジカル構造を持っています。この構造のエッジ(接合面)に外部から超音波を加えると、互いに反対方向に回転する「バレー擬スピン(※3)」が発生し、エッジに沿って一方向に進む超音波伝搬が生じます(図2)。
図2:(a) 作製した素子の電子顕微鏡写真と模式図。(b) 超音波導波路の模式図。異なる擬スピンの回転方向(すなわち異なるトポロジー)を持つ二つの領域に挟まれた境界(エッジ)において、反射なく安定した超音波の伝搬が生じます。内部の孔が、それぞれ右回り(黄色)ならびに左回り(ピンク色)に5°だけ傾いています。

 この現象は「バレー擬スピン依存伝導」と呼ばれ、トポロジカル秩序によって保護された頑強で安定した進行波となります。そのため、急な曲がり角があっても、通常の超音波のような後方への反射は起こらず、エッジの形状に沿って滑らかに伝わります(図3)。
 この特性を活用することで、従来の技術では難しかった折れ曲がった小型導波路構造における反射の問題を解消し、超音波デバイスの小型化や複合化が可能になります。そして、従来技術を使った場合よりも100分の1以下に省スペース化したリング・導波路結合構造を作製し、ギガヘルツ超音波フィルタの基本動作を実証しました(図4)。
 なお、本研究開発は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「極超音波トポロジカルフォノニクスの開拓と多機能弾性デバイスの開発」(研究課題番号:JP21H05020)と同・基盤研究(S)「超高速マグノフォノニック共振器デバイス」(研究課題番号: JP23H05463)による支援を受けています。
 
図3:従来の超音波回路 (a) とトポロジカル超音波回路 (b) をギガヘルツ超音波が伝搬する様子(計算)。従来の回路は、周期孔の無い部分が導波路になっており、途中の120°折れ曲がった角で超音波は強い反射を受けます。一方で、トポロジカル回路では、反射を受けることなく滑らかに出口まで伝わります。 両回路の周期穴間隔と入力した超音波の周波数は同程度であり、それぞれ4マイクロメートルと0.5 GHz です。 (c) アルファベットの”Z”のような形状をしたトポロジカル回路を伝わる超音波伝搬の測定結果。黄色の破線はエッジ部を示しています。
 
図4:(a) トポロジカルリング・導波路複合系における導波路出力部での周波数応答。0.495 GHz付近で出力が大きく低下するフィルタリング効果が起きています(赤矢印)。(b) 超音波フィルタの原理を示した模式図。反射なく超音波がリング内を周回することで、リングと導波路の波が干渉し、導波路を進む超音波が抑制されます。(c) 周波数0.495 GHzでの超音波の空間伝搬の計測結果。超音波のフィルタリングにより、導波路における超音波の出力が大きく低下します。

3.技術のポイント
①トポロジカル導波路構造に対する最適化設計手法の適用
 岡山大学が有する音響トポロジカル構造の設計ノウハウを活用し、半導体薄膜に3回の回転対称性をもつ孔を規則正しく並べた二次元周期弾性体から成る超音波回路をNTTが作製しました。単位セル内の空孔は、微細加工技術によって再現しやすい円形の穴が4つ組み合わさった形状をしています。さらに、それを左回りまたは右回りに回転させるだけで異なるトポロジーをもつ弾性構造を実現できます。岡山大学とNTTは、有限要素法(※4)と呼ばれる数値計算技術を用いて、様々な回転角度に対する超音波の分散関係(※5)を調査し、トポロジカル秩序と導波路の形成が両立する最適な回転角度(5°)を算出しました。この最適化手法を用いることにより、多数回の試行実験を繰り返すことなく、優れたトポロジカル回路を構築できるようになります。

②バレー擬スピン依存伝搬伝導の利用
 超音波が伝わる導波路は、トポロジーの異なる右回り(図2黄色)ならびに左回り(同ピンク色)の領域に挟まれた接合部(エッジ)で形成されています。両側のトポロジカル構造は、逆向きに回転する超音波の渦(バレー擬スピン)を持っています。そのため、エッジに侵入した超音波は、両側の渦によって押し出されるように伝わり、導波路の途中に曲がり角や欠陥があっても、反射して後方へ戻ることなく、非常に頑強で安定した伝搬を保ちます。このように、超音波渦の回転方向、つまりバレー擬スピンの極性に依存して波の伝わる方向が決まる特性を「バレー擬スピン依存伝導」と呼びます。これは、本体の形状が大きく変化しない限り、導波路エッジの伝搬は保護されるという特異な性質(トポロジカル秩序)を持ちます。

③トポロジカルリングとエッジ導波路の融合
 リングはループ状に閉じた導波路から成り、別の導波路から入射した波は、リング内での周回を通して、特定の周波数や波長の成分のみが強め合って出力されます。このリング中の波と導波路の波が干渉し特定の周波数の波の伝搬が抑制されるため、この複合構造はフィルタとして利用できます。ギガヘルツ超音波の場合、湾曲した導波路の側壁から生じる反射を避けるため、従来は半径が100マイクロメートル以上の大きな(曲率の小さな)リング構造が必要でした。これに対して、トポロジカル構造を導入することにより、曲率の大きな構造でも反射の影響が抑えられ、半径10マイクロメートル程度の微小な超音波リングが実現できます。

4.各機関の役割
  • NTT
 ガリウムヒ素などの化合物半導体に微細加工を施し、フォノニック結晶と呼ばれる人工音響構造を作製しました。そして、その内部を超音波がどのように流れるのかを、照射したレーザの反射光の変化を計測することで調べました。合わせて、有限要素法を用いてシミュレーションすることによりその伝搬特性を数値的に評価しました。
  • 岡山大学
 トポロジーを用いた超音波制御において、波の伝搬特性を、人工音響構造(フォノニック結晶)を用いて設計しています。岡山大学では、様々なスケールのフォノニック結晶の設計ノウハウを蓄積し、数ヘルツ (Hz) ~数テラヘルツ (THz) の広範囲のバンド分散とトポロジカル秩序の探索・設計を行ってきました。(参考 DOI:10.35848/1347-4065/acc6da)

5.今後の展開
 今回の実験でギガヘルツ超音波を空間的に制御するための要素技術を確立しました。今後は、磁性体を導入し、外部磁場で超音波を動的に制御できる技術の確立をめざします。ギガヘルツ超音波の空間的かつ高速な制御が可能になれば、フィルタだけでなく、周波数変換器や増幅器などの無線通信端末に必要な高周波アナログ演算処理を、超音波を用いて同一チップ上で処理することが可能となります。これにより、既存システムであった超音波フィルタと電子部品間の圧電変換や基板接続が不要となり、アンテナ部のさらなる小型化や省エネルギー化につながることが期待されます。


【用語解説】
※1.トポロジー: 物体の形状や空間の性質を研究する数学の一分野です。物体を曲げたり伸ばしたりする「連続的な変形」をしても変わらない性質に注目します。つまり、トポロジーでは、物体の形でなく、どのように繋がっているかを重視します。例えば、ドーナツとコーヒーカップは同じものみなされます。これらは形が違いますが、繋がり方は同じなので、連続的な変形をするとドーナツからコーヒーカップ、又は、その逆も作ることができるからです。

※2.トポロジカル秩序: 物理学にトポロジーの考え方を導入した物質の新しい秩序のことです。物質が、対称性の乱れや局所的な欠陥や物理変数のゆらぎによってきまるのではなく、物質全体の繋がり方によってきまる状態のことです。例えば、本実験のトポロジカル超音波導波路のように、トポロジーが異なる二つ物質を繋げると、トポロジーを変えるために、その接合部には超音波の伝導状態が現れます。この状態の存在は、接合部の局所的な秩序で保証されているのではなく、接合部を形成する二つのトポロジカル構造の繋がり方という非局所的な秩序によって保証されます。これにより、導波路の構造ゆらぎに対して安定かつ頑強な超音波伝搬が生まれます。

※3.バレー擬スピン: 一般的には、電子や超音波が特定のバレー(Valley、谷の意味で、電子や超音波のエネルギーバンドが谷のように大きく落ち込んだ位相空間中の特定の領域を指します)に存在していることを示す量子数。本実験では、バレーに存在する超音波の状態を定義しています。特に、バレーホール型トポロジカル構造では運動量空間のKとK’点にバレーと呼ばれるエネルギーが極小となる部分があります。エッジを進む超音波はこのKまたはK’バレーのどちらかに属しています。

※4.有限要素法: 物体を小さな部分に分けてその物理的挙動を解析する計算手法。複雑な形状の構造や複合的な作用が引き起こす現象を正確にシミュレーションできるツールです。

※5.分散関係: 超音波や光などの波動の性質を記述する式。主に波の周波数と波長の関係を示します。

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