地方自治体におけるデータ活用推進の鍵は、職員の変革に対する意欲にあり

横浜市立大学

―データ活用推進に関する行動要因を解明―

 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科 黒木淳教授、大山紘平共同研究員(横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻修了生、横浜市政策局データ・ストラテジー担当課長)らの研究グループは、組織の発展に有効な、個々人の組織に対する貢献意欲を表す、「組織変革へのコミットメント*1」の日本語版尺度(データ活用推進の文脈)を日本ではじめて開発し、地方公共団体の職員のデータ活用に対する行動意識の実態とその要因を調査しました。本調査において、職員のデータ活用推進へのコミットメントと実際の行動意識の関連性が明らかとなりました。本研究成果は、「会計検査研究」に掲載されました。(11月30日オンライン)


研究成果のポイント
・日本で初めて個々人の組織変革に対する意欲(コミットメント)を測る日本語版の尺度を開発し、
 自治体職員の業務プロセスの変革を伴うデータ活用への行動意識との関連性を調査・分析。
・データ活用の推進には、対価に基づくよりも、組織への愛着や、変革への義務感に基づく意欲が
 重要であることがデータで裏付けられた。
・データ活用の推進には、組織への愛着に基づき変革の意欲のある職員や、変革に対して義務感を
 持つ職員の活躍が重要。


研究背景
 近年、組織の変革やデジタルトランスフォーメーションは、ビジネスや行政の世界で中心的なテーマとして注目を浴びています。地方公共団体においても、EBPM(Evidence-based Policy Making)*2の推進と共に、データの活用が効率的なサービス提供や政策決定の鍵となる要素として期待されています。地方公共団体において、デジタル化やデータ活用を推進することは、行政組織における業務プロセスの変革を進めるものであり、これは組織変革概念に含まれます。たとえば、データを活用せずに直観的な意思決定の下で業務を行っていた組織が、データ活用の下で業務を行うようになる場合には業務プロセスの変更といえます。
また、データを分析する際にBI(Business Intelligence)ツール、統計言語処理の可能なプログラミングソフトを用いることが一般的であり、データ分析に必要な情報システムの導入や利用、それに伴うシステムの変更はプロセスの変革をもたらします。しかし、このようなデータ活用推進というプロセス変革において、鍵となる職員のマインドセットへの理解に資するような先行研究は十分ではない状況でした。


研究内容
 本研究では、Herscovitch and Meyer (2002) によって開発された「組織変革へのコミットメント (commitment to organizational change)」尺度の日本語版を、両名から承諾を得たうえで、データ活用推進の文脈において日本ではじめて開発しました。そして、データ活用推進が最も進んでいると予想された105市(20政令指定都市、62中核市、23特別区)に存在する健康・福祉・医療政策、情報システム部署の職員を対象にして、「組織変革へのコミットメント」尺度を含む、データ活用推進に対するウェブによるアンケート調査を実施しました。
 調査では、開発された3つの種類の「組織変革へのコミットメント」尺度をデータ活用推進の文脈にあてはめ、従業員自身のデータ活用推進に対する実際の行動に対する認識や評価(本研究の表現では行動意識)の項目を設定しました。3つの種類とは、組織への愛着に注目し、従業員が組織に愛着があるために組織変革を推進する「情緒的コミットメント」、離職することによるコスト、自身に対する利益の有無という側面から従業員が組織変革を推進する「存続的コミットメント」、義務感によって組織変革する「べき」と感じることによって、従業員が組織変革を推進する「規範的コミットメント」となります。得られた回答データをもとに、開発された組織変革へのコミットメントの日本語版の信頼性や妥当性を確認するとともに、データ活用推進へのコミットメントと、データ活用に対する行動意識の関係性を分析しました(図1および表1参照)。

 

図1 研究の手続き


 
1 この変革への価値を信じている
2 この変革は、この組織にとって良い戦略である。
3 この変革を推進することは経営の判断ミスだと思う。
4 組織変革は重要な目的を果たすものである。
5 この変革がなければ、物事はもっと良くなるだろう。
6 この変革は必要ではないと感じる。
7 この変革に従わざるをえない。
8 この変革に従わなければならないというプレッシャーを感じる。
9 この変革に抵抗すると私の立場がとても危うくなる。
10 この変革に抵抗することは、私にとってあまりにも犠牲が大きい。
11 この変革に反対の声をあげるのはリスクが大きいだろう。
12 この変革に抵抗することは、私にとって実行可能な選択肢ではない。
13 この変革に向けて働かなければならないという義務感がある。
14 この変革に反対することは、私にとって正しいことではないと思う。
15 この変革に反対することは、私にとって不愉快なことではないと感じる。
16 この変革に反対することについて、私は無責任だと思うだろう。
17 この変革に反対することについて私は罪悪感を感じるだろう。
18 この変革を支援することについて私は何も義務を感じない。
表1 日本語版組織変革へのコミットメント尺度(18項目)
(注) 情緒的コミットメント (1-6)、存続的コミットメント (7-12)、規範的コミットメント (13-18)

 収集されたアンケート結果をもとに、個人属性・職場属性を統制したうえで、常時の行動意識を従属変数、3つの種類のコミットメント尺度を独立変数とした階層別重回帰分析を実施しました。
 
 
図2 行動意識に対する階層別回帰分析の結果
(注)年齢、職階、経験年数、所属部署、データ活用推進の影響度を統制したうえでの行動意識に対する係数の
平均値と信頼区間を示しています。

 

 その結果、組織変革への情緒的・規範的なコミットメントの係数は0.1%水準以下でプラス有意に推定されました(それぞれ、0.387,0.397)。しかし、存続的コミットメントの係数は5%水準以下でマイナス有意に推定されました(-0.142)。これらの結果は、データ活用推進に対する行動意識は組織への愛着(情緒的コミットメント)と義務感(規範的コミットメント)が特に重要であることが示唆されました。一方で、従業員の離職することによるコストや功利的な側面(存続的コミットメント)は行動意識とマイナスの関連を持つことが示唆されました。



今後の展開
 地方公共団体では専門家ではない職員がデータ活用に基づく業務プロセスの変更を含む組織変革を担う可能性が高く、本稿の結果はデータ活用推進へのコミットメントの程度が組織変革に大きく影響をもたらす可能性を示唆しています。そのため、データ活用推進を検討する場合には、通常の人事異動だけではなく、組織変革への情緒的あるいは規範的なコミットメントを持つ職員を新採用あるいは公募、人材育成などが効果的であることが考えられます。
 本研究で開発した組織変革へのコミットメント尺度が他の文脈における組織変革においても信頼性・妥当性が認められるのか否かについては慎重に検証を重ねる必要がありますが、大企業や地方公共団体をはじめとする他の組織においてDXやデータ活用推進に由来するプロセス変革の動向を踏まえながら、この日本語版尺度のさらなる活用や発展が期待されます。


研究費
 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成金基盤研究(B)「公共部門における非財務諸表の有用性」(21H00762)および横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」(学長裁量事業費)の支援を受けて実施されました。


論文情報
タイトル:地方公共団体におけるデータ活用推進への行動意識:「組織変革へのコミットメント」尺度の日本語版開発による検証
著者: 大山紘平、小沢和彦、清水沙友里、黒木 淳
掲載雑誌: 会計検査研究
 




用語説明
*1 組織変革のコミットメント:組織と従業員の関係などに注目する「コミットメントの概念」を組織変革に拡張した概念のこと。情緒的(affective)、存続的(continuance)、規範的(normative)の3点から多元的に捉えられる。
*2 EBPM(Evidence-based Policy Making):根拠に基づく政策立案。

本研究は、令和3年度横浜市立大学八景金沢キャンパス等研究倫理委員会の承認(承認番号 八2021-3)を得て実施しています。

 

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