腎臓がんの自然史を国際共同研究により解明

横浜市立大学

~それぞれの腎がんの生い立ちを知り、最適なアプローチを行う~

 横浜市立大学大学院医学研究科 泌尿器科学の軸屋 良介助教、蓮見 壽史准教授らは、同大学先端医科学研究センター 田村 智彦教授(免疫学)、同大学 藤井 誠志教授(分子病理学)、理化学研究所生命医科学研究センター Todd Johnson 研究員、中川 英刀チームリーダー、ソウル大学 Hwajin Lee博士らとの国際共同研究により、腎がんが、元はどの腎臓細胞であり、その腎臓細胞がいつから腎がんとなったか、さらに、がんとなった後に本来、正常の腎臓が使う分化メカニズムを利用しながら成長すること、などを明らかにしました。
 これまで、目の前に現れたその一点でしか見ていなかった腎がんに対して、時間軸を遡り、その発生と成長過程を推測することにより、腎がんが今後どのような経過を辿っていくかを予測して、最適なアプローチ方法を選択することが可能となります。
 本研究成果は、The Lancet Discovery Science「eBioMedicine」に掲載されました。(2023年5月12日)

研究成果のポイント
  • 様々な腎がんが、それぞれどの腎臓細胞から発生したかを明らかにした。
  • 腎がんの元となった細胞が、いつ腎がんとなったかを明らかにした。
  • 腎がんが本来、正常の腎臓が使う分化メカニズムを利用しながら成長していくことを明らかにした。
研究背景
 腎がん診療において、患者さんと担当医師を最も悩ませていることは、目の前の腎がんが今後どうなっていくか、ということです。早い速度で大きくなり転移してしまうような腎がんであれば、すぐに手術や薬を使った治療を開始する必要がありますし、逆におとなしい腎がんであれば、しばらく経過を見て、見つかった年齢によっては一生治療の必要がないかもしれません。
 現在、医師が腎がんと遭遇した時には、遭遇時の性質からその後どうなっていくかを推し量ろうと努力しますが、予想と異なる経過を辿ることが多々あります。そこで、もし腎がんの発生から成長するまでの過程を知ることができれば、その腎がんが今後どのようにふるまうかについての大きな手がかりになります。
 また、がん治療は、薬の効かないがん細胞が残ってしまったり、患者さん毎に薬が効いたり効かなかったり、いわば腫瘍内不均一性(がんの組織の中に様々な性質のがん細胞が混在すること)や腫瘍間不均一性(患者さんのがん毎にがんの性質が異なること)との戦いであるとも言えますが、この腫瘍内不均一性と腫瘍間不均一性がどのように形成されるかについては十分にわかっていません。

研究内容
 遺伝性のBHD症候群*1に発生する腎がんと、遺伝的素因のない散発性嫌色素性腎がん*2は、顕微鏡では見分けがつきにくく一見とても似た腎がんですが、発見後は異なる経過を辿ります。今回、本研究グループはこの2種類の腎がんの多数検体を用いて、全ゲノムシークエンス解析*3にて遺伝子の変化(変異)を調べ、様々な新規アルゴリズムを用いて「がんの自然史」を解析しました。
 手始めに、がんの元となる細胞を推定するアルゴリズム*4を用いて解析すると、とても興味深いことに、この2種類の腎がんが、実は異なる細胞から生まれていたことが分かりました(図1)。正常の腎臓は、近位尿細管、遠位尿細管、集合管など様々な細胞で構成されますが、BHD腎がんの元となる細胞は近位尿細管であることが多い一方で、散発性嫌色素性腎がんの元となる細胞は集合管介在細胞であることが多いことが分かりました。
 
図1 新規アルゴリズムを用いてBHD腎がん16検体と、散発性嫌色素性腎がん49検体が、どの腎臓細胞から発生してきたかを解析。BHD腎がんは近位尿細管から、散発性嫌色素性腎がんは集合管介在細胞から発生することが多い。バーの中の色は図3と図4で後述するがんの性質を示す:FOXI1型(赤)、L1CAM型(青)、中間型(緑)。バーの外枠の色は顕微鏡で見た時の組織型を示す:嫌色素性腎がん(水色)、Hybrid oncocytic/chromophobe tumor; HOCT(ベージュ)、淡明細胞型腎がん(青)、分類不能型(オレンジ)。L1CAM型や中間型の性質を示すがんや、HOCT、淡明腎細胞がんや分類不能型などの組織型をとるがんは集合管からは発生せず、どの細胞が元となっているかでがんの性質や組織型が決定されている

 次にがんが発生した時期を推定するアルゴリズム*5を用いて、BHD腎がんがいつ頃発生したか調べたところ、驚いたことにBHD腎がんは20代前半で既に発生していたことが分かりました(図2)。つまり、がんが発生から30年ほどかけてゆっくりと大きくなった後に、患者さんが外来にいらっしゃったことになります。
 

 また本研究グループは、がん化した細胞が、正常の腎臓が使う分化メカニズムを一部利用しながら、成長していく様子を観察することに成功しました。正常の腎臓の発生過程において、正常腎臓細胞の一つである集合管細胞は、Notchシグナルのオフとオンの切り替えにより、それぞれFOXI1陽性の介在細胞とL1CAM陽性の主細胞に分化していくことが分かっています。今回の解析からは、とても興味深いことに、BHD腎がんが、Notchシグナルのオフとオンの切り替えにより、FOXI1を発現するがん細胞とL1CAMを発現するがん細胞の2種類のがん細胞に分かれていくことが分かりました(このように一つのがん組織の中に複数種類の細胞が存在することを腫瘍内不均一性と言います)(図3)。
 

 さらに散発性嫌色素性腎がんには、FOXI1陽性の腎がんと、L1CAM陽性の腎がんの2種類の腎がんがあることを見つけました。(図4)。患者さん毎にがんの性質は異なりますが(これを腫瘍間不均一性と言います)、この不均一性が前述の正常の集合管の発生と密接に絡み合って形成されている可能性が示唆されました。
 

今後の展開
 今後はFOXI1L1CAMなどの時間軸を遡ることを可能とするマーカーを用いて、それぞれの患者さんにできた腎がんの自然史を紐解くと同時に、それぞれのがんがその後どうなったかについての臨床データを蓄積していき、「がんの自然史」と「がんの転帰」を紐づけていきます。現在、その他の多種多様な腎がんについても同様の解析を行っており、それぞれの腎がんの時間軸を遡ることを可能とするマーカーの開発に取り組んでおります。これらにより、それぞれの患者さんの腎がんにはどのようなアプローチが最適か、迅速な対応が求められるのか、あるいは患者さんのQOLを最重要視した方法で対応するのかを含め、患者さんと腎がん発見後の方針についてしっかりと話し合うことができるようになります。

研究費
 本研究は、科学研究費補助金および、文部科学省「特色ある共同利用・共同研究拠点事業(JPMXP0618217493, JPMXP0622717006)」として認定されている横浜市立大学先端医科学研究センター「マルチオミックスによる遺伝子発現制御の先端的医学共同研究拠点」、理化学研究所交付金の支援を得て行われました。

論文情報
タイトル: Comparative analyses define differences between BHD-associated renal tumour and sporadic chromophobe renal cell carcinoma
著者: Ryosuke Jikuya, Todd A Johnson, Kazuhiro Maejima, Jisong An, Young-Seok Ju, Hwajin Lee, Kyungsik Ha, WooJeung Song, Youngwook Kim, Yuki Okawa, Shota Sasagawa, Yuki Kanazashi, Masashi Fujita, Seiya Imoto, Taku Mitome, Shinji Ohtake, Go Noguchi, Sachi Kawaura, Yasuhiro Iribe, Kota Aomori, Tomoyuki Tatenuma, Mitsuru Komeya, Hiroki Ito, Yusuke Ito, Kentaro Muraoka, Mitsuko Furuya, Ikuma Kato, Satoshi Fujii, Haruka Hamanoue, Tomohiko Tamura, Masaya Baba, Toshio Suda, Tatsuhiko Kodama, Kazuhide Makiyama, Masahiro Yao, Brian M. Shuch, Christopher J. Ricketts, Laura S. Schmidt, W. Marston Linehan, Hidewaki Nakagawa and Hisashi Hasumi
掲載雑誌: eBioMedicine
DOI:https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104596

用語説明
*1  BHD症候群:
腎がんのうち、5~8%ほどは遺伝的素因があって発生すると言われている。
(横浜市立大学附属病院 遺伝性腎腫瘍外来のホームページ:https://www.yokohama-cu.ac.jp/fukuhp/section/depts/01urinary.html)。
そのような遺伝性腎がんの一つであるBirt-Hogg-Dubé(BHD)症候群はFLCN遺伝子の傷により腎がんができやすくなる疾患で、本研究グループは2002年のFLCN遺伝子の発見以降、新しいFLCN結合タンパク質を発見するなど世界のBHD研究をリードしてきた。現在、横浜市立大学附属病院には、日本全国からBHD 症候群の患者さん(300家系ほど)が定期通院され、腎臓の検診やがん治療を含めた健康管理のお手伝いをしている。

*2 散発性嫌色素性腎がん:
多くの腎がんは遺伝的素因のない散発性腎がんになる。散発性腎がんにはさまざまな組織型の腎がんがあり、そのうち、嫌色素性腎がんは5%ほどと言われている。

*3 全ゲノムシークエンス解析:
ゲノムを構成するDNAの塩基配列を全て読む解析方法で、遺伝子の配列が書いてある領域(エクソン領域)に絞って読む全エクソンシークエンス解析と違って、遺伝子の配列が書かれていない領域も含めて全ての塩基配列を解読するのでデータ量は膨大となるが、遺伝子の配列が書かれていない領域から重要な知見が得られることが多く非常に有用である。本研究グループは、以前、BHD腎がんに対する全エクソンシークエンス解析結果を発表しているが、本研究では、さらに全ゲノムシークエンス解析を行うことで数多くの重要な発見をすることができた。
全エクソンシーケンスについての参考文献:Hasumi H, Furuya M, Tatsuno K, et al. BHD-associated kidney cancer exhibits unique molecular characteristics and a wide variety of variants in chromatin remodeling genes. Hum Mol Genet 2018; 27(15):2712-2724.

*4 がんの元となった細胞を推定するアルゴリズム:
DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いており、これが緩むことによりその場所にある遺伝子からタンパク質が作られる。一方で、緩んだ場所にあるDNAには傷が付きやすくなる。そこで、がんについたDNAの傷の場所(変異)と、正常の腎臓細胞や他の組織でDNAが緩んでいる場所を見比べて、がんの元となった細胞をAIを用いて推定する。この解析はソウル大学 Hwajin Lee博士のグループが開発したCOOBoostR (https://github.com/SWJ9385/COOBoostR)を用いて行われた。
参考文献:Yang S, Ha K, Song W, et al. COOBoostR: an extreme gradient boosting-based tool for robust tissue or cell-of-origin prediction of tumors. Life (Basel) 2022;13(1):71.

*5 がんが発生した時期を推定するアルゴリズム:
がんでは時間依存的に遺伝子の傷だけでなく、その傷を治した跡なども蓄積していく。それらを見比べることにより、いつその傷が付いたかを推測することができ、もしその遺伝子の傷ががん化に重要な傷であれば、いつがんとなったかを推測することができる。
 




 

その他のリリース

話題のリリース

機能と特徴

お知らせ