アンモニア合成に、常温・常圧環境下での、手軽でクリーンかつ低エネルギーな新合成技術を考案

東京都市大学

 東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木千壽)理工学部応用化学科の江場宏美准教授は、水素を使わずに、窒化鉄と炭酸水のみを用いる、常温・常圧での低環境負荷なアンモニア合成技術を考案しました。  持続可能な開発目標(SDGs)「2.飢餓をゼロに」の達成に向け、環境と調和した持続可能な形で農業生産性を高めるための研究・投資に期待が集まっていますが、今日の農業に必要不可欠な化学肥料のうち、三要素の一つである窒素肥料の多くはアンモニアを原料としています。このアンモニアは窒素と水素を原料に、高温・高圧で合成する方法が一般的ですが、これには、多くのエネルギーや化石燃料が必要となることから大規模プラントで生産され、消費地となる農地での合成は困難でした。  今回考案した合成技術は、安価で入手が容易な窒化鉄と炭酸水のみを用い、窒化鉄に含まれる窒素から常温・常圧でアンモニアを合成するもので、生成されるアンモニア水には微量の鉄・炭酸イオンを含むものの、これらはいずれも無害のため、そのまま肥料として農地で使用でき、安全安心な窒素肥料の地産地消を可能とするものです。  さらに、窒素が含まれていればスクラップ鉄も原料として用いることが可能なことから、原料調達も含めた環境・経済の両面における輸送コストの低減が期待できます。  新たなエネルギー源として水素の利用が広がりつつある中、水素密度の高いアンモニアは水素のキャリアや直接的な燃料としての用途も期待されており、アンモニアの需要はこれからさらに拡大していくと考えられます。今後は、早期の実用化に向け、さらなる研究を進めていく予定です。なお、この研究成果の一部は、エルゼビアの水素エネルギー専門誌「International Journal of Hydrogen Energy」(2021年3月)に掲載されました。  研究室ホームページにおいて、常温・常圧アンモニア生成の動画を公開しています。 ・URL: http://www.ese.tcu.ac.jp/labs/nano1/ <本研究のポイント> 〇安価で容易に入手可能な鉄を基本原料とするアンモニア合成法を考案。 〇原料に可燃性で取り扱いの難しい水素(H2)を必要とせず、二酸化炭素(CO2)を活用。 〇常温・常圧の温和な条件でクリーンかつ低エネルギーな製法。従来のような大規模プラントを必要としない。 <概要>  窒化鉄(※1)を原料とし、炭酸水の利用により常温・常圧で水を水素源とするアンモニア合成ができることを見出しました。鉄は安価で普遍的な元素であり、鉄に窒素を化合させた窒化鉄は社会的にも活用が進められている物質で入手は容易です。安定な物質の窒化鉄粉末を炭酸水と混合するだけで、手軽にアンモニア水が得られます。また、アンモニアは副生する水素(H2)とともに気体として回収することもできます。  アンモニア(NH3)は窒素肥料の原料として人類の食糧を支えてきました。近年は水素キャリアやクリーンな燃料としても注目されていますが、工業的生産法である「ハーバー・ボッシュ法」(※2)はエネルギーと化石燃料を大量に消費し、また膨大な量の温室効果ガスを排出しているため、これに代わる温和でクリーンなプロセスが求められています。各方面で研究が進められ、比較的低温での合成も報告されるようになっていますが、触媒等に高価な金属や特殊な化合物を用いるものが多く、実用化の途上にあります。よって、入手の容易な物質を原料として、さらに温和な条件での効率的なアンモニア合成が望まれています。  江場研究室では、以前よりスクラップ鉄(※3)を利用した水素生成の研究を行っており、この反応は温室効果ガスとして削減が求められている二酸化炭素を加えると常温・常圧で進行することがわかっていました。その関連研究としてアンモニア合成を着想しました。  ハーバー・ボッシュ法のような高温・高圧条件を作らなくても簡単にアンモニアを合成できるため、大規模設備を必要とせず、小型のプラントで生産ができます。毒物に分類されるアンモニアは貯蔵に制限があり、必要なときにその都度購入することになりかねないですが、工業・農業の現場、コミュニティーや家庭など、使いたいときに使いたいところでアンモニアを調達できるようになります。また原料として、可燃性で貯蔵や取り扱いに気を使う水素H2を供給する必要がなく、炭酸水を用いて合成ができるため、二酸化炭素を排出する工場などで、二酸化炭素を大気中へ放出せず固定化するとともに、アンモニアを製造することもできます。  反応後に得られるアンモニア水には、微量の鉄イオンや炭酸イオンも含まれますが、いずれも無害であり、そのまま肥料として用いることができます。また、二酸化炭素が固定された状態の炭酸鉄の固体が析出しますが、これは古くから鉄鉱石としても用いられてきた鉱物の一種であり(菱鉄鉱)、環境に悪影響はありません。  窒化鉄は鉄をベースに窒素原子を溶け込ませた侵入型化合物(※4)であり、機械材料や磁性材料などの用途開発と利用が進められており、粉末の量産化技術も確立しています。鉄フライパンの表面処理など民生用途での普及も進んでいる一般的な材料です。窒化鉄にはさまざまな組成、結晶構造のものが知られていますが、本反応で用いる原料としては特定のものである必要はありません。スクラップ鉄に窒素が含まれている場合には、これを原料としたアンモニア生成も可能です。  ハーバー・ボッシュ法では触媒を用い、平衡転化率は15~20%程度ですが、本反応は特別な触媒なども不要で、基本的に窒化鉄に含まれるすべての窒素をアンモニアに変換できます。10℃程度の温度下でもアンモニアを生成できますが、加熱すると反応速度は向上します。また、特定の添加物を加えることにより、室温でも反応速度を向上できることを確認済みです。  実用化にあたっては、窒化鉄の入手経路やコストなど産業界の状況を確認していく必要があります。  反応のメカニズムは次のように予想しています。侵入型化合物であるFexNのFeが電子を放出してFe2+へと酸化し、この電子が、水に由来する炭酸H2CO3や炭酸水素イオンHCO3-に与えられてH+を還元し原子状のHが生成します。このHがFexNのNと結合して、アンモニアNH3を生成します。Fe2+は、炭酸イオンCO32-と結合してFeCO3の固体として析出します。 <補足> 【論文情報】 ・掲載誌:International Journal of Hydrogen Energy, Vol.46, Issue 18, 11 March 2021, pp.10642-10652. ・論文タイトル:Ammonia production using iron nitride and water as hydrogen source under mild temperature and pressure ・著者:Hiromi Eba, Yuki Masuzoe, Toru Sugihara, Hayao Yagi, Tian Liu ・DOI: https://doi.org/10.1016/j.ijhydene.2020.12.194 <用語解説> ※1 窒化鉄: 鉄と窒素からなる化合物。金属の鉄に窒素を浸透させると窒化されて、窒化鉄が生成する。多くは侵入型化合物となり合金の特徴を示すが、鉄よりも硬くなるため、フライパンなどの家庭用品や、自動車部品、機械部品など、鉄鋼材料の耐摩耗性向上のために表面の窒化処理が利用されている。窒化鉄はまた磁性材料としての研究開発も進められており、高い磁石特性の材料として量産化技術も確立されている。 ※2 ハーバー・ボッシュ法: 窒素(N2)と水素(H2)とからアンモニア(NH3)を直接合成する方法。400~500℃の反応温度で数百気圧の高圧下、触媒を用いて合成する。反応速度を維持するために高温を必要とするが、平衡論的には不利な条件となるため、アンモニアの生成率は数%~二十数%どまりである。原料となる水素は主として天然ガスや石油などの化石燃料から作るため、二酸化炭素の排出につながるうえに、高温高圧条件で合成するためエネルギー消費量が大きい。 ※3 スクラップ鉄: 使用済みの鉄製品や、製品の製造工程で生じた鉄の端材のことであり、多くは鉄鋼材料としてリサイクル利用することで、天然資源の使用量やエネルギー消費量の削減を進めている。需要とのバランスなどにより国内蓄積量は増えつつあり、余剰分は海外へ輸出されている。なお、鉄中に不純物として含まれる元素がリサイクルに伴い蓄積し、製鉄への利用が難しくなってくるという課題がある。 ※4 侵入型化合物: 遷移金属と非金属の軽元素である水素、ホウ素、炭素、窒素、酸素との化合物で、金属結晶の規則的原子配列のすきまに非金属原子が入りこんだ構造をとる。たとえばFe2NやFe3NではFe原子の六方最密構造の8面体型格子間位置をNが占めている。合金の特徴を示すが、単体金属と異なり硬度が高く、融点も高くなる。 ▼本件に関する問い合わせ先 企画・広報室 住所:東京都世田谷区玉堤1-28-1 メール:toshidai-pr@tcu.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

その他のリリース

話題のリリース

機能と特徴

お知らせ