プラナリアが光から逃げるしくみを解明 -- 学習院大学

学習院大学

 学習院大学理学部井上 武助教の研究グループは、動物が、環境中にある様々な情報を手掛りにして、どのようにして目的の方向に進むのか、という問題に対して、単純な眼と脳をもつプラナリア(ナミウズムシ)を使って、正確にかつ効率的に光から逃げる行動のしくみを明らかにしました。この研究成果は、2018年9月21日(金) 19:00(日本時間)にNature Publishing Groupから2018年1月に創刊されたオンライン科学雑誌「Communications Biology」で公開されました。 【概要】  学習院大学理学部阿形研究室 井上 武助教の研究グループ(2016年3月まで京都大学)は、動物が、環境中にある様々な情報を手掛りにして、どのようにして目的の方向に進むのか、という問題に対して、単純な眼と脳をもつプラナリア(ナミウズムシ)*1を使って、正確にかつ効率的に光から逃げる行動のしくみを明らかにしました。このプラナリアが光から逃げる行動については、高校生物の教科書にも記載されているほど、約100年の間、当たり前のように考えられていました。しかし実は、これまで説明されていたしくみには誤りがあることがわかりました。本研究で明らかになったしくみのカギは、両眼視野と自律運動の2つにありました。2つの組合わせによって省エネで効率的に光から逃げられるという特徴をもつ、全く新しいしくみを発見しました。 【本研究で明らかとなったポイント】 ■プラナリアは左右2つの眼で受容した信号の差を比較することで光の方向を認識しているが、これまで考えられていたように照度勾配(明暗の違い)を認識して逃げているわけではない。 ■プラナリアは両眼視野*2をもつ。また、一見関係がないように思えた両眼視野と自律的首振り運動*3は協調していて、それぞれの角度は効率的に光から逃げるために最適な角度になっている。このしくみは、照度勾配を認識するよりも省エネで正確に光から逃げることを可能にしている。  また本研究は、同研究グループが2015年に報告した、自律運動だけでプラナリアが窪地などに隠れることができるしくみを解明した研究(Akiyama et al, PLoS One, 10(11),e0142214, 2015)とも関係しており、両研究から以下のことも明らかとなりました。 ■自律的首振り運動は、光から逃げる行動と隠れ行動の両方に最適化されている。 ■感覚器官のかたちと自律運動は様々な適応的な行動を可能にするために密接にリンクしている。  この研究成果は、2018年9月21日(金) 19:00(日本時間)にNature Publishing Groupから2018年1月に創刊されたオンライン科学雑誌「Communications Biology」で公開されました。  URL:https://www.nature.com/articles/s42003-018-0151-2 【背景】  動物の帰巣行動などでは、環境刺激である地磁気や匂いなどを道しるべにして移動していると考えられています。このような動物の移動のための手掛りとなる環境刺激は、実際には濃度や強さが一定になることはなく、大気や水流などで大きくゆらぎます。そのため、生物がどのようにして正確に方向を認識して、目的地に到達しているかについては不明な点が多くあります。とりわけ動物のからだに秘められた内因的なしくみについてはほとんど分かっていません。  また、眼に代表されるように、感覚器官の形態は動物の種によって様々で、多様性に富んでいます。これらの感覚器官の形態は、それぞれの動物の生息環境や生態に適した形になっていると考えられていますが、感覚器官の形態と行動特性との関係については全くと言っていいほど調べられていませんでした。  プラナリアが光から逃げる行動(光応答定位行動*4)については、高校生物などで勉強した方もいらっしゃるかもしれません。教科書にもあるように、これまでプラナリアは、照度勾配を認識することで光が弱い方向に逃げると説明されていました。しかし、研究グループは、これまでの説明には誤りがあるのではないかと疑問をもち、改めてプラナリアの行動を観察することにしました。 【研究手法と成果】 ■光の強弱を認識できない!?  研究グループは、まず照射される光に対してプラナリアが移動する方向を詳細に調べることができる行動解析方法を確立しました。詳細な解析から、プラナリアは脳にある視覚中枢領域にあるGABA神経回路*5の制御によって左右の視神経から入力される光信号を比較して光の方向を認識し、左右の眼からの信号が等しくなるように体の向きを方向転換していることを明らかにしました。この中で、プラナリアは光の明暗を認識していないことも判明しました。  ここで、前から照射された光と後ろからの光はどちらも左右の眼の入力値が等しくなるので、前後の光をどう区別しているのか、という新たな問題が浮上しました。 ■両眼視野はなんのため?  プラナリアの眼の形態を詳細に観察したところ、約40度の両眼視野があることが分かりました(図1)。また、コンピュータシミュレーションによる解析では、光から効率的に逃げるためには、約40度の両眼視野が最も適しているという結果が得られました。約60度の両眼視野をもつナミウズムシとは異なる種のプラナリアを用いた行動解析によって、実際に逃げる効率が低くなることも確認しました。さらに、両眼視野がない場合や広い両眼視野では、逃げる効率が低下する原因として、両眼視野の角度によって左右の入力値を認識できる角度が変化することも突き止めました。 ■眼の形態と自律的首振り運動は密接にリンクしている  前方光と後方光の区別という問題に対して、自律的首振り運動に着目しました。その結果、前方から光が照射されている場合には、自律的首振り運動によって左右の眼の差がうみだされることを発見しました(図2)。興味深かったのは、両眼視野の角度と自律的首振り運動の角度との間には協調関係があることでした。  自律的首振り運動については、窪地などに隠れるために角度が最適化されていることを同グループは報告しています(Akiyama et al, PLoS One, 10(11), e0142214, 2015)。つまり、自律的首振り運動の角度は、光応答行動と隠れ行動の2つの行動にとって最適な角度であることが判明しました。また、眼の形態と自律的首振り運動は相関しているので、複数の行動特性を最適に保つために、両者は密接にリンクしていると考えられます。 【研究成果の意義】  本研究で明らかになったように、プラナリアは自律的首振り運動をしながら直進している際に、左右で光の強さに差があったら方向転換する、ということを繰り返すことで、結果的に、正確かつ効率良く光から遠ざかることができます。このしくみは、照度勾配を認識する場合には必要となる、わずかな光の強弱を神経細胞が処理することもありませんし、また、光の強さを記憶して前後の短い時間で光の強弱を比較する必要もないため、省エネな方法であると言えます。このしくみは、自動運転制御などにも応用することが期待できます。  また、生き物の感覚器官の形態と自律的運動との関係が行動特性に重要であることが、今回初めて見いだされました。プラナリアに限らず他の動物でも同じようなしくみが働いているかも知れません。生物の進化の過程で両者がどのようにリンクしていったかを探ることが今後の課題です。 【用語解説】 *1プラナリア(ナミウズムシ) プラナリアは、再生能力が高い生き物としては有名ですが、それ以外にも、単純な構造ですが脳や多くの感覚器官をもち、様々な環境刺激に対して速やかに反応するといった特徴ももっています。そのため近年では、脳や行動原理を調べるための動物としても注目されています。プラナリアの1種であるナミウズムシは日本全域に生息しています。 *2両眼視野 両眼の視野が重なった範囲のことを言います。肉食動物や霊長類には広い両眼視野があり、物体を立体的に捉えることに有効です。一方、左右の光の強弱を区別して光の方向を認識するプラナリアの両眼視野では、左右の差が無くなってしまい、''見えない''範囲となっています。 *3自律的首振り運動 直進している場合でもプラナリアは左右に首振り運動をします。首振り角度の出現頻度は、0±20度(平均値±標準偏差)の正規分布に従います。環境刺激が全くない環境でも、脳がある頭部を切除したプラナリアでも、首振り運動を続けるので、この行動は脳の神経活動に依存しない自律的運動であることが分かります。プラナリアには、他にも直進運動などの自律的運動があります。 *4光応答定位行動 光に反応して特定の方向に移動する行動のことを言います。プラナリアは、光源とは反対方向に移動する行動特性をもっています。走光性と呼ばれることもありますが、近年では定位行動として呼称が統一されつつあります。 *5GABA神経回路 GABAは神経伝達物質の1種で、伝達された神経細胞の活動を抑制する機能をしています。左右の眼で受容した信号を双方向に抑制し合うことで、左右のコントラストをつけていると考えられます。 【研究支援】 本研究成果は、以下の研究課題等の支援によって得られました。 ・ 文部科学省科学研究費補助金「基盤研究(C)」(15K07148, 18K06341) 研究代表:井上 武 ・ 公益財団法人武田科学振興財団「ライフサイエンス研究助成」 研究代表:井上 武 ・ 文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究」(22124001, 22124002) 領域代表:阿形清和 【原著論文情報】 発表雑誌:Communications Biology(コミュニケーションズバイオロジー) 論文タイトル:Coordination between binocular field and spontaneous self-motion specifies the efficiency of planarians' photo-response orientation behavior (両眼視野と自律的運動の協調がプラナリアの光応答定位行動の効率を決定する) 著者:Yoshitaro Akiyama1, Kiyokazu Agata1,2, Takeshi Inoue1,2,* (秋山 義太郎1、阿形 清和1,2、井上 武1,2,*) 所属:1京都大学大学院理学研究科生物物理学教室、2学習院大学理学部生命科学科 責任著者(*):Takeshi Inoue (井上 武) 学習院大学理学部生命科学科・助教 DOI番号:10.1038/s42003-018-0151-2 ▼本件に関する問い合わせ先 学長室広報センター TEL:03-5992-1008 FAX:03-5992-9246 メール:koho-off@gakushuin.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

その他のリリース

話題のリリース

機能と特徴

お知らせ