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名古屋大学大学院工学研究科の竹中 康司教授らの研究グループは、公益財団法人神奈川科学技術アカデミーとの共同研究で、これまで知られた中で最大の体積収縮量を有する、「温めると縮む」新材料を発見した。今後、広い産業・技術分野で、計測・加工精度の飛躍的向上や性能安定化、機器の長寿命化等に貢献すると期待される。この研究成果は、平成29年1月10日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」電子版に掲載された。
名古屋大学大学院工学研究科の竹中 康司(たけなか こうし)教授、篠田 翼(しのだ つばさ)大学院博士前期課程学生、岡本 佳比古(おかもと よしひこ)准教授、片山 尚幸(かたやま なおゆき)准教授らの研究グループは、公益財団法人神奈川科学技術アカデミーの酒井 雄樹(さかい ゆうき)研究員との共同研究で、これまで知られた中で最大の体積収縮量を有する、「温めると縮む」新材料を発見した。
通常、材料は温度が上がると体積が大きくなる。これが「熱膨張」1)で、グラスに熱湯を注ぐと割れることなど、生活になじみの現象。ところが、ごく希に、温度が上がると逆に体積が小さくなることもある。これは「負熱膨張」と呼ばれ、身近には氷が水になると体積が小さくなる例がある。竹中教授らは、「層状ペロフスカイト」と呼ばれる構造をもつルテニウム酸化物のセラミック4)が、酸素含有量を減らすと室温を含む広い温度域で大きな負熱膨張を示すことを発見した。
負熱膨張材料2)は、材料の熱膨張を抑制・制御できるため、温度による形状変化を極端に嫌う精密光学部品はじめ各種精密機器に利用される他、最近ではファイバー・グレーティングと呼ばれる光フィルターの性能安定化に貢献するなど、さまざまな分野で活用されている。しかし、これまで実用の負熱膨張材料は、β-ユークリプタイトなど、ごくわずかな例に限られていた。
今回発見された新材料は、負熱膨張による体積収縮が、現在実用されている材料に比べて数倍以上。これは、ビスマス-ニッケル酸化物やマンガン-コバルト-ゲルマニウム合金など、最近になって発見された、いわゆる「巨大負熱膨張材料」と比べても倍以上大きい上に、極低温から室温以上にわたる広い温度域で負熱膨張を示すという著しい特長を持つ。精密機器以外にも、例えば燃料電池やパワー半導体、熱電変換システムといった先端技術にとっても熱膨張制御は必須とされており、今後、広い産業・技術分野で、計測・加工精度の飛躍的向上や性能安定化、機器の長寿命化等に貢献すると期待される。
この研究は、文部科学省・科学研究費補助金(新学術領域研究)『超低速ミュオン顕微鏡が拓く物質・生命・素粒子科学のフロンティア』(平成23~27年)の支援を受けて実施された。
【ポイント】
○ ルテニウム酸化物セラミックの酸素含有量を減らすことで実現
○ 従来の負熱膨張材料に比べて数倍大きな体積収縮量
○ 極低温から室温以上を含む広い動作温度
−室温域に限らず、宇宙空間のような極低温域を含む過酷な環境でも熱膨張制御が可能となり、用途が格段に拡がる−
【研究背景と内容】
近年における産業技術の高度な発達は、固体材料の宿命とも言える熱膨張1)すら、制御することを求めている。1メートルに対して10 マイクロ(10×100万分の1)メートル程度の、一般的な感覚からすればわずかな形状変化でも、ナノ(10億分の1)メートル・レベルの高精度が求められる半導体デバイス製造や、部品のわずかな歪が機能に深刻な悪影響を与える精密機器などの分野では致命的になる。また、複数の素材を組み合わせたデバイスでは、構成素材それぞれの熱膨張の違いから、界面剥離や断線といった深刻な障害が生じることがある。例えば加工機械、半導体製造装置、光学機器、計測機器、電子デバイスなど多くの産業分野で、熱膨張の制御が強く求められている。
そのため、「温めると縮む」負熱膨張材料2)が熱膨張制御の核として注目されている。負熱膨張材料としては、β-ユークリプタイト(LiAlSiO4)やタングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)などの酸化物が知られ、特に安価で環境にもやさしいことからβ-ユークリプタイトが実用されてきた。しかし、これらの従来材料は、負熱膨張の度合いが大きいものではなかった。そこで近年は、相転移3)に伴う体積変化をある温度幅でじわじわと起こさせることで大きな負熱膨張を実現する試みがなされ、マンガン窒化物(Mn3Ga1-xGexN)、ビスマス-ニッケル酸化物(Bi0.95La0.05NiO3)、マンガン-コバルト-ゲルマニウム合金(MnCo0.98Cr0.02Ge)などの新材料が見出されてきた。しかし、これら「相転移型」負熱膨張材料は、β-ユークリプタイトなど従来型の負熱膨張材料に比べて大きな負熱膨張を特徴とする一方、動作温度幅が狭く用途が制限される欠点が、かねてより指摘されていた。
そこで本研究では、より広い実用のために、大きな負熱膨張がより広い温度域で実現される新材料の創出を目指し、さまざまな材料を検討してきた。その結果、層状ルテニウム酸化物Ca2RuO4-yの酸素含有量を減らす(y~0.2)ことで、負熱膨張による体積収縮が最大で6.7%に達する巨大な負熱膨張が発現することを見出した(図1、2)。6.7%の体積収縮量は、これまでに知られている負熱膨張材料での最大値3.2%の倍を超える大きなもの(表1)。ルテニウムRuの一部を鉄Feで置き換えたCa2Ru1-xFexO4-yで動作温度域が拡がることもわかり、化学組成の最適化により動作温度域を例えば300 ℃以下、極低温域を含む全温度域に拡げることもできると見込まれる。
ルテニウム酸化物の大きな負熱膨張は、セラミック4)を形作る結晶粒の極めて異方的な熱膨張に由来している(図3)。つまり、結晶粒と空隙とからなる構造体において、温度の上昇に伴い結晶粒が歪み、空隙が小さくなることにより、セラミック全体の体積が小さくなると考えられる。このような負熱膨張は、いくつかのセラミック材料で報告例はあるものの、負熱膨張機能として活用できたのはβ-ユークリプタイトだけだった。β-ユークリプタイトの体積収縮量は1.7%であり、ルテニウム酸化物の体積収縮量はその数倍の規模になる。材料組織が負熱膨張機能に深く関わる例は、近年の巨大負熱膨張材料にはなく、本材料の著しい特徴。化学組成に加えて、粒の配向や結合、空隙などの材料組織パラメータを最適化することで、一層の機能向上が期待できる。
【成果の意義】
・画期的機能が果たす広汎な応用−過酷な環境下にも対応
ルテニウム酸化物の6.7%に達する巨大な体積収縮量は、近年開発された巨大負熱膨張材料と比べて際だった大きさである(表1)。例えば、少量の添加で有効に熱膨張を抑制可能で、金属の優れた特性−高い熱伝導度や加工性(切削性)−を活かしたまま熱膨張を抑制することや、これまで難しかったプラスチックなど熱膨張の大きな素材の熱膨張を抑制することも可能となる。また、広い動作温度幅の確保により、これまでは室温動作の精密機器に限定されていた用途が、宇宙空間のような極低温域を含む過酷な環境で動作するさまざまな機器にも適用可能となり、人工衛星やロケット、航空機、冷凍機、水素ステーションの部材などへの活用も期待される。
熱膨張の制御は、今や産業のあらゆる分野で求められていると言っても過言ではない。先に挙げた加工機械、半導体製造装置、光学機器、計測機器、電子デバイス、航空宇宙、クライオエンジニアリングなどの分野の他、燃料電池やパワー半導体などの先端エネルギー分野や熱の有効利用を目指す熱電変換システムなどの熱マネジメント分野でも、熱膨張制御は必須と考えられている。
名古屋大学では、本成果をもとに特許出願しており、技術移転へ向けた取り組みも始めている。
・負熱膨張材料の新しいパラダイム
本材料の特徴は、極めて異方的な熱膨張(温度とともにある方向に伸びて、ある方向に縮む)を示す結晶粒と空隙からなる構造体が、セラミック試料全体の負熱膨張を生み出す点にある(図3)。これは負熱膨張研究の新しいパラダイムといえるもの。物質的に極めて限定されている負熱膨張材料研究の探索領域を大きく拡げる。本成果を契機として、「異方的な熱膨張を示す結晶粒と空隙からなる構造体を探す」という方針のもと、世界各地で新規材料の開発が進むものと思われる。
【用語説明】
1)熱膨張
温度の上昇に伴い物質・材料の体積が大きくなる現象のこと。「パウリの排他原理」という自然法則により、原子同士は極端に近づくことが許されない。このため、温度が上昇し原子の熱振動が大きくなると、反発力を受け、徐々に原子間の距離が拡がる。これが熱膨張である。自然法則に由来するものであるため、避けがたいと考えられている。
固体材料の熱膨張は線熱膨張ΔL/L = [L(T) − L(T0)]/L(T0)で評価される。その温度微分、すなわち線熱膨張の傾きが、α(T )=(dL /dT )/L(T0)で定義される線膨張係数αであり、熱膨張の温度変化に対する割合を意味する。ここで、Tは温度、T0は基準温度、L は温度Tでの長さである。セラミックのような方向依存性がない材料の場合、線熱膨張は本質的に体熱膨張を表し、ΔV/V= 3ΔL/Lの関係にある(V : 体積)。
2)負熱膨張材料
通常とは逆に温度が上昇すると体積が小さくなる材料のこと。ごく希に存在する。通常の材料と複合化することで材料の熱膨張を特定の値、例えばゼロにできるため、熱膨張抑制剤として工業的に価値が高い。
一般的には、ある特定の温度で負熱膨張を示し、それ以外の温度では通常の正の熱膨張となる。負熱膨張を示す温度を動作温度と呼ぶ。相転移にともなう体積変化を用いた「相転移型」負熱膨張材料の場合、負熱膨張の度合いである負の線膨張係数αと動作温度幅ΔTは、体積収縮量ΔV/V とΔV/V=3αΔTの関係で結びつけられており、動作温度幅を拡げれば、負熱膨張の度合いが小さくなる(図4)。そのため、熱膨張抑制能力の本質は体積収縮量にあり、体積収縮量の大きな物質・材料を探し出し、構成元素の置換や欠陥・乱れの導入などの材料学的手法により動作温度幅を拡げる取り組みが必要である。
3)相転移
温度、磁場、圧力などの物理パラメータの特定の値を境に、物質の物理的状態が変化する現象のこと。典型的には、水が0 ℃を境に固体(氷)から液体(水)に変化する融解などの現象がある。物質そのものが変化する化学変化とは異なる。ルテニウム酸化物の負熱膨張では、高温の金属相から低温の絶縁体相への相転移が関係していると考えられる[図1(b)]。
4)セラミック
微小な結晶粒が結合されて形作られる構造体のこと。例えばアルミナ(Al2O3)、ジルコニア(ZrO2)など、多くの種類のセラミック材料が知られる。身近なものでは、陶磁器がある。耐熱性、耐摩耗性に優れ、さまざまな工業製品として利用されている。
【論文名】
掲載誌: Nature Communications
論文名: Colossal negative thermal expansion in reduced layered ruthenate
(還元された層状ルテニウム酸化物の巨大負熱膨張)
著者: K. Takenaka, Y. Okamoto, T. Shinoda, N. Katayama, and Y. Sakai
DOI: 10.1038/NCOMMS14102
▼本件に関するお問い合わせ
名古屋大学大学院工学研究科
竹中 康司・教授
TEL: 052-789-4466
FAX: 052-789-3706
E-mail: takenaka@nuap.nagoya-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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