麻布大学獣医学部介在動物学研究室を中心とする、東北大学、奈良先端科学技術大学院大学、沖縄科学技術大学院大学、北海道大学、クアドリティクス株式会社の研究グループは、イヌが飼い主の明瞭な感情表出だけでなく、ストレス状態に伴う生理的変化や主観的な気分など、より微妙な情報の組み合わせにも反応する可能性を明らかにしました。
本研究では、飼い主の表情、声、においを組み合わせた刺激をイヌに提示し、その反応と心拍変動を測定しました。その結果、イヌの反応は、飼い主が置かれていたストレス状況によって異なり、単一の感覚情報ではなく、複数の情報を文脈に応じて利用している可能性が示されました。また、飼い主とイヌの生理的な同期が生じる可能性も示唆されました。
今回の成果は、長い共生の歴史の中で形成されてきたヒトとイヌのコミュニケーションの仕組みを理解する手がかりとなるだけでなく、イヌの情動や福祉をより適切に理解し、ヒトとイヌがよりよく暮らすための新たな知見につながることが期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「社会的シグナルを介したイヌのスーパーセンシングの解明」(代表大野和則・東北大学、課題番号JPMJCR22P2)の支援を受け、Frontiers in Veterinary Scienceオンライン版に2026年8月21日に掲載されました。
https://doi.org/10.3389/fvets.2026.1916007
<研究成果の概要>
1.研究の背景
イヌは、ヒトの表情や声、身振りなどからさまざまな社会的情報を読み取り、ヒトの感情状態に応じて行動を変化させることが知られています。これまでの研究では、怒りや喜びなど、ヒトが比較的明瞭に表出した感情をイヌが識別できることが示されてきました。一方、日常生活では、感情が必ずしも表情や声に明瞭に表れるとは限りません。強いストレスを感じていても、普段どおりに振る舞うことがあります。そのような場合でも、声や表情のわずかな変化、におい、身体の生理的変化など、複数の手がかりが周囲に伝わっている可能性があります。
そこで本研究では、ヒトが感情を明瞭に表出していない状況でも、イヌが飼い主から発せられる微妙な情報を利用しているのかを検討しました。
2.方法
飼い主にストレス状態またはリラックス状態を経験してもらい、その後、一定の文章を読む課題中の顔の映像、声、においを記録・採取しました。これらを組み合わせた飼い主由来の複数の刺激をイヌに提示し、行動反応と心拍変動を測定しました。
3.主な研究結果
・イヌの反応は「飼い主がどのような状態にあったか」によって変化
飼い主がストレス状態にあった場合、イヌは、飼い主が生理的にも主観的にもストレスを感じている場合よりも、生理的にはストレス状態にあるものの主観的にはストレスを感じていない場合に、より強く注意を向けました。この結果は、イヌが単純に「ストレスを感じた飼い主」に反応するのではなく、飼い主の状態と、そこから発せられる複数の情報を組み合わせ、その組み合わせに応じて反応を変化させている可能性を示しています。
・イヌと飼い主の生理的な同期も示唆
イヌ自身の心拍変動には、条件や刺激による明確な変化は認められませんでした。一方、飼い主とイヌの心拍変動の関係を調べると、ストレス状態で得られた飼い主由来の刺激に対して、両者の生理的変化が同期する傾向がみられました。これは、ヒトとイヌの間で、生理状態のレベルでも相互作用が生じる可能性を示唆します。
4.本研究からわかったこと
今回の研究から、イヌは「怒っている」「喜んでいる」といった明瞭な感情表出だけではなく、表情、声、におい、生理的状態、主観的な感情状態など、複数の情報を組み合わせて飼い主の状態を捉えている可能性が示されました。つまり、イヌは「この刺激=この感情」という単純な対応関係だけではなく、飼い主が置かれた状況や複数の情報の組み合わせを含めて、飼い主の状態を読み取っている可能性があります。
5.今後の展望
ヒトとイヌは長い共生の歴史を通じて、互いの状態を読み取りながら生活してきました。しかし、イヌがヒトから得られる複数の情報をどのように組み合わせ、行動につなげているのかは、まだ十分に明らかになっていません。今後は、脳活動や視線、心拍変動、ホルモンなどの指標を組み合わせ、イヌがヒトの状態をどのように認識し、行動へ結びつけているのかをさらに明らかにしていきます。これらの研究は、ヒトとイヌの相互理解を深めるだけでなく、イヌのストレスや情動状態をより正確に理解し、ヒトとイヌ双方のウェルビーイングや動物福祉の向上につながることが期待されます。
<参考情報>
●麻布大学について
麻布大学は、2025年に学園創立135周年を迎えました。動物学分野の研究に重点を置く私立大学として、長年の教育研究実績を基盤に新たな人材育成に積極的に取り組んでおり、獣医学部(獣医学科、獣医保健看護学科、動物応用科学科)と生命・環境科学部(臨床検査技術学科、食品生命科学科、環境科学科)の2学部6学科と大学院(獣医学研究科、環境保健学研究科)の教育体制の下、ヒトと動物のよりよき関係をつなぐ専門性の高い人材育成を進めていきます。
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