若年女性がん患者の卵巣機能を守るために~卵巣保護目的のGnRHアナログ製剤、普及への課題が明らかに~

埼玉医科大学

■ポイント■ ・若年女性がん患者において、将来の妊娠する力や卵巣機能を守ることの重要性が高まる中、GnRH1)アナログ製剤2)は卵巣保護の選択肢の一つとして期待されています。 ・日本産科婦人科学会認定の妊孕性温存実施施設を対象とする全国調査を実施し、GnRHアナログ製剤による卵巣保護の認知度や使用状況、その普及に影響する要因を解析しました。 ・GnRHアゴニスト製剤3)による卵巣保護が一部のがんで推奨されていることは、83.6%の施設で認識されていましたが、実際に使用経験がある施設は26.6%にとどまりました。 ・大学病院および認定がん・生殖医療ナビゲーター4)配置施設では、GnRHアゴニスト製剤による卵巣保護の実施率が有意に高くなっていました。 ・保険適用の拡大や認定がん・生殖医療ナビゲーターの配置が、GnRHアナログ製剤の普及に重要であることが示されました。 ■概要■  近年、がん治療の進歩により、若い女性がん患者さんでも治療後に長く生活できるようになってきました。その一方で、抗がん剤治療によって将来妊娠する力(妊孕性)や卵巣機能が低下してしまうことが課題となっています。そのため、がん治療を受けながら卵巣機能を守る取り組みへの関心が高まっています。その方法の一つとして、GnRHアナログ製剤があります。GnRHアナログ製剤は卵巣を一時的に休眠状態に近づけることで、治療による卵巣への影響を抑え、将来の妊娠する力を守ることが期待されています(図1)。しかし、日本において実際にどの程度利用されているのか、またどのような施設で導入されているのかは十分に明らかになっていませんでした。  そこで、埼玉医科大学(学長 竹内 勤)の髙井 泰教授(埼玉医科大学 医学部 総合医療センター 産婦人科 主任教授)、中村 永信助教、坂口 史奈助教らのグループは、日本産科婦人科学会が認定する妊孕性温存実施施設172施設を対象とする全国調査を実施し、GnRHアナログ製剤による卵巣保護の認知度や使用状況、導入に関連する施設要因について検討しました。(128施設から回答を得ました[回答率74.4%])  その結果、GnRHアゴニスト製剤による卵巣保護の推奨を認識している施設は83.6%と高率であった一方、実際に使用経験がある施設は26.6%にとどまり、認知と実臨床との間に大きな乖離が存在することが明らかとなりました。また、大学病院および常勤の認定がん・生殖医療ナビゲーターを配置している施設では、GnRHアゴニスト製剤の使用経験が有意に多いことが分かりました。さらに、67.2%の施設が「保険適用があれば使用を検討する」と回答しており、保険適用の有無が導入に影響している可能性が示されました。本研究は、日本におけるGnRHアナログ製剤による卵巣保護の実態を全国規模で明らかにし、その普及に認定がん・生殖医療ナビゲーターの配置や保険適用が関連することを示した初めての報告です。  この成果は2026年4月号のThe Journal of Obstetrics and Gynaecology Research誌にオンライン掲載されました。 ■研究背景■ 近年、がん治療の進歩により、小児から若年成人までの若い世代(CAYA世代5))の女性がん患者の長期生存率は大きく向上しています。その一方で、抗がん剤治療や放射線治療によって卵巣機能が低下し、将来妊娠する力(妊孕性)が損なわれることが重要な課題となっています。妊孕性の喪失は患者本人の将来設計や生活の質(QOL)にも大きな影響を及ぼすため、がん治療開始前から妊孕性温存について検討し、患者が適切な選択を行える体制整備の重要性が高まっています。 こうした中、卵子凍結や受精卵凍結などの妊孕性温存治療に加え、GnRHアゴニスト製剤による卵巣保護も妊孕性温存の選択肢の一つとして位置づけられています。GnRHアゴニスト製剤は卵巣を一時的に休眠状態に近づけることで、抗がん剤治療による卵巣へのダメージを軽減することが期待されている薬剤です。海外では乳がん患者を中心に有効性が報告されており、日本でも妊孕性温存診療ガイドラインで条件付きに推奨されています。しかし、日本における実際の導入状況や、その普及に影響する要因については十分に明らかになっていませんでした。 また、日本では、がん患者が適切な妊孕性温存医療を受けられるよう、「認定がん・生殖医療ナビゲーター」の養成が進められています。認定がん・生殖医療ナビゲーターは、日本がん・生殖医療学会が認定する資格であり、がん・生殖医療に関する知識と技能を有し、患者への情報提供や、がん診療と生殖医療の連携を担う専門職です。しかし、このような専門人材の配置状況と妊孕性温存医療の実践との関連について、これまで全国規模で検討されたことがありませんでした。 そこで本研究では、日本全国の妊孕性温存実施施設を対象に調査を行い、GnRHアナログ製剤の卵巣保護目的での使用状況と、その普及に関連する要因を明らかにすることを目的としました。 ■研究内容■ 研究グループは2025年5月、日本産科婦人科学会が認定する妊孕性温存実施施設172施設を対象にWebアンケート調査を実施しました。調査では、施設の種類や認定がん・生殖医療ナビゲーターの配置状況、GnRHアゴニスト製剤による卵巣保護の認知度や使用状況などについて回答を求めました。 その結果、128施設から回答が得られました(回答率74.4%)。回答施設には大学病院や診療所を中心とする施設が含まれ、そのうち65.6%の施設に常勤の認定がん・生殖医療ナビゲーターが配置されていました(図2)。 まず、GnRHアゴニスト製剤による卵巣保護についての認知度と使用状況について解析したところ、83.6%の施設がその推奨を認識していた一方で、実際に使用経験がある施設は26.6%にとどまりました(図3)。多くの施設で認知されているにもかかわらず、実際の診療での活用は限定的であることが明らかになりました。対象疾患は乳がん、血液悪性腫瘍、婦人科悪性腫瘍の順に多い結果でした(図4)。 そこで、GnRHアゴニスト製剤の使用に関連する施設要因を検討したところ、大学病院であること(調整オッズ比7.57)に加え、常勤の認定がん・生殖医療ナビゲーターを配置していること(調整オッズ比3.88)が独立した関連因子として抽出されました。さらに、GnRHアナログ製剤の普及に関する意識調査に対して、67.2%の施設が「保険適用があればより積極的に使用する」と回答しました。 これらの結果から、卵巣保護を目的としたGnRHアゴニスト製剤の普及には、認定がん・生殖医療ナビゲーターの配置や診療体制の充実、保険適用を含めた制度整備が重要であることが示されました。 ■今後の展望■ 本研究により、卵巣保護を目的としたGnRHアゴニスト製剤は多くの施設で認知されている一方で、実際の導入は限定的であることが明らかとなりました。また、認定がん・生殖医療ナビゲーターの配置や保険適用の有無などが、その普及に関連している可能性が示されました。今後は、認定がん・生殖医療ナビゲーターを含む診療体制の充実や保険適用を含めた制度整備を進めることで、卵巣保護を目的としたGnRHアナログ製剤の普及や、妊孕性温存医療の選択肢の拡大につながることが期待されます。さらに、GnRHアナログ製剤を用いた卵巣保護の臨床データを蓄積し、その有効性や安全性についてさらなる検証を進めていきたいと考えています。将来の妊娠やライフプランも見据えながら、それぞれの女性がん患者さんに適した妊孕性温存医療を提供できることを目指します。 ■研究資金■ 本研究は、厚生労働省がん対策推進総合研究事業の支援を受けて実施されました。ご支援に感謝申し上げます。 ■論文の情報■ 論文名:Nationwide Survey of Institutional Factors Related to the Use of Gonadotropin-Releasing Hormone Analogs for Ovarian Protection in Women Receiving Chemotherapy in Japan 雑誌名: Journal of Obstetrics and Gynaecology Research 著 者:Shina Sakaguchi, Eishin Nakamura, Haipeng Huang, Yasushi Takai U R L: https://obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jog.70273 ■用語の説明■ 1) GnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン, gonadotropin-releasing hormone):脳の視床下部から分泌され、卵巣の働きを調節するホルモンの分泌をコントロールするホルモン。 2) GnRHアナログ製剤:GnRHの働きを調節する薬剤。GnRHアゴニスト製剤とGnRHアンタゴニスト製剤があり、いずれも脳の下垂体に作用して卵巣を刺激するホルモンの分泌を調節する。子宮筋腫や子宮内膜症の治療、不妊治療などに用いられる。 3) GnRHアゴニスト製剤:下垂体を持続的に刺激することで、結果的に卵巣を刺激するホルモンの分泌を抑制する薬剤。 4) 認定がん・生殖医療ナビゲーター:日本がん・生殖医療学会が認定する資格。がん・生殖医療に関する知識を有し、患者への情報提供や相談支援、がん診療と生殖医療の橋渡しを担う専門職。 5) CAYA世代:小児(Childhood)および思春期・若年成人(AYA:Adolescent and Young Adult)を指す。 ※取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。 ⊳ 研究についてのお問い合わせ  髙井 泰(たかい やすし)  埼玉医科大学 医学部 総合医療センター 産婦人科 主任教授  Email: yastakai@saitama-med.ac.jp ⊳ 取材、報道についてのお問い合わせ  埼玉医科大学 企画広報部  Email: koho@saitama-med.ac.jp ▼本件に関する問い合わせ先 住所:埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38 TEL:049-276-2125 FAX:049-276-2086 メール:koho@saitama-med.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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