「ウイルス受容体」の迅速解析法を開発 〜未知のパンデミックウイルスの緊急解析にも有用〜

埼玉医科大学

■ポイント■ ・ウイルス感染の最初の段階である「細胞への結合」に着目し、結合に関わる細胞表面分子群(総称して「ウイルス受容体注1)」)を同定できる新しい解析法を開発しました。 ・本手法は、近接標識法(Proximity Labeling)注2)を応用したもので、ウイルスの遺伝子配列情報があれば、最短約10日で受容体候補分子を迅速に絞り込むことが可能です。 ・インフルエンザウイルスに対する受容体を検討したところ、Neuropilin-1という分子がインフルエンザウイルスの宿主細胞への結合に重要である可能性が示されました。 ・本手法は迅速かつ簡便な受容体同定プラットフォームであり、今後は様々なウイルスに応用可能です。 ・ウイルス受容体の情報は、新たな抗ウイルス薬の開発などに大きく貢献するものです。 ■概要■ 埼玉医科大学(学長 竹内 勤)の 小谷典弘 教授(医学部・薬理学)、村上孝 教授(医学部・微生物学)、堀内大 准教授(医学部・微生物学)、水野洋介 准教授(医学部・中央研究施設)、静岡県立大学(学長 今井 康之)の竹内英之 教授(薬学部・生化学)、高橋忠伸 准教授(薬学部・生化学)、広島大学(学長 越智 光夫)の中ノ三弥子(大学院統合生命科学研究科)、高知大学(学長 受田 浩之)の本家孝一 特任教授(医学部・生化学)らによる共同研究グループは、ウイルスが宿主細胞に結合する際に関与する細胞表面分子群(「ウイルス受容体」と総称)を効率よく同定する新たな方法を開発しました。ウイルス受容体に関する情報は、ウイルスの感染機構の理解に重要であるだけでなく、抗ウイルス薬の標的探索にもつながります。しかし、ウイルスによっては複数の受容体や共受容体が関与するためそれらの同定は困難で、既知のウイルスであっても受容体は十分に解明されていないという例が少なくありません。 本研究では、受容体同定に初めて近接標識法(Proximity Labeling: PL)を導入し、特殊な遺伝子組換えウイルスである偽型ウイルス(pseudovirus)注3)を用いることで、複数の受容体候補分子を一度に同定する新規手法の確立に成功しました。パンデミック注4)を引き起こす可能性のあるインフルエンザウイルスについての解析結果から、新たな受容体候補分子としてNeuropilin-1(NRP1)が同定され、インフルエンザウイルスの宿主細胞への結合に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。 本研究の成果は、2026年4月29日に米国微生物学会(American Society for Microbiology)が発行するウイルス学専門国際誌「Journal of Virology」にオンライン掲載されました。  ■研究背景■ コロナウイルスのパンデミックに代表されるように、ウイルス感染症は人類にとって重大な脅威です。被害を可能な限り抑えるためには、原因ウイルスの性質を迅速に把握し、治療薬や予防法の開発につなげることが重要です。 ウイルス感染は、ウイルス粒子が宿主細胞表面のウイルス受容体や共受容体などの分子群(以降ウイルス受容体と総称)に結合することから始まります。多くのウイルスで、この結合には粒子表面のスパイクタンパク質注5)が使われています。一方、ウイルス受容体はウイルスがどの細胞に感染しやすいか、どの生物種に感染できるかを左右する重要な要素であり、抗ウイルス薬の標的としても注目されています。しかし、従来の受容体同定研究では、候補分子をあらかじめ研究者が絞り込んだうえで検証することが多く、網羅的かつ系統的に探索されることは非常に稀でした。そのため、新興ウイルスや変異ウイルスにも迅速に対応できる、簡便で汎用性の高い受容体解析法の確立が求められていました。  ■研究内容■ 共同研究グループは、ウイルス受容体がウイルス―宿主細胞結合部位の近傍に空間的に集積しているという点に着目し、近接標識法(PL:下図)[TT1] という実験技術を応用して「ウイルスのスパイクタンパク質が宿主細胞に結合している場所」近傍に存在する分子群を標識・同定する新規戦略を提案してきました (Kotani N. et al. J. Biol. Chem. 2022)。 本研究では、標識反応を担うPL用酵素(Horseradish Peroxidase: HRP)と研究対象ウイルスのスパイクタンパク質の両者をPseudovirusという遺伝子組換えウイルスの表面に発現させた「PL用組換えPseudovirus」を作製し、宿主細胞に結合させた状態でPL反応を行いました。この反応により、ウイルス結合部位の近傍に存在する膜タンパク質群を特異的に標識し、質量分析によるプロテオーム解析・同定を行うことができました。また、Pseudovirusを用いたことで、最短約10日間という迅速解析が可能となりました。 さらに、上記の解析により、パンデミックを引き起こす可能性のあるインフルエンザウイルスのウイルス受容体について新たな知見が得られました。インフルエンザウイルスの受容体としては、これまで主に「シアル酸」が知られていましたが、それ以外にも感染に関わる分子が存在する可能性が示唆されていました。インフルエンザウイルスの表面タンパク質で宿主細胞に結合するヘマグルチニンとHRPを発現させたPseudovirusと、宿主細胞であるヒト肺由来細胞とを用いたPL反応及びプロテオーム解析により、複数の候補分子が判明しました。その一つであるNRP1[TT1] についてウイルス結合アッセイで検証したところ、細胞表面におけるNRP1の発現量に応じてインフルエンザウイルスの結合が増加することが確認されました。この結果は、インフルエンザウイルスの感染が「シアル酸」だけではなく、NRP1という分子にも影響を受けていることを示しています。従って、NRP1を標的とした薬剤開発により、インフルエンザウイルスに対する新たな抗ウイルス薬が得られる可能性が示唆されました。 ■今後の展望■ 本法はPL用組換えPseudovirusに発現させるスパイクタンパク質遺伝子を差し替えるだけで、理論上さまざまなウイルスに応用可能です。そのため、パンデミックの可能性がある新興ウイルスや、受容体が未解明の既知ウイルスの感染メカニズム解析に幅広くかつタイムリーに活用できると期待されます。さらに、得られた受容体情報を横断的に整理・比較できる「ウイルス受容体データベース」の整備が進めば、感染症研究や抗ウイルス薬開発の基盤強化にもつながります。 ■研究資金■ 本研究は、「武田科学振興財団 ハイリスク新興感染症研究助成金」のご支援を受けて実施いたしました。また、プロテオーム解析で使用した質量分析装置は、JSPS 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業 JPJS00420230009 の支援により整備されたものです。 深く御礼申し上げます。 ■論文の情報■ 論文名:Pseudovirus-mediated proximity labeling identifies candidate host cell membrane proteins involved in viral attachment. 雑誌名: Journal of Virology(American Society for Microbiology) 著 者: Norihiro Kotani, Kensuke Iwasa, Tomoko Amimoto, Chikara Yamashita, Kumiko Komatsu, Yutaka Narimichi, Yoshiki Wakabayashi, Yuuki Kurebayashi, Yutaka Horiuchi, Leona Kashimata, Ryoko Sasaki, Megumi Kumagai, Nan Yagishita-Kyo, Takeo Awaji, Takashi Murakami, Yosuke Mizuno, Miyako Nakano, Tadanobu Takahashi, Hideyuki Takeuchi, Koichi Honke 掲載日:2026年4月29日 U R L : https://journals.asm.org/doi/10.1128/jvi.00507-26 ■用語の説明■ 注1)ウイルス受容体: ウイルスが細胞に感染する時に必要な宿主細胞表面の分子。複数の分子が感染に必要なウイルスも存在する。 注2)近接標識法(Proximity Labeling): 自身が研究対象とする分子の近傍に存在する分子群を標識してそれらの実体を明らかにする実験手法。 注3)偽型ウイルス(Pseudovirus): 本物のウイルスの表面だけを再現して、感染のしくみを比較的安全に調べるために作られた実験用ウイルス。病原性や複製に必要な遺伝子を欠損させている。 注4)パンデミック: 多くの人が免疫を持たない世界的な流行病。パンデミックウイルスとは、これを引き起こす恐れのあるウイルス。コロナウイルスがその1例。 注5)スパイクタンパク質: ウイルス粒子の表面上に突き出すように存在し、宿主細胞表面に結合する。インフルエンザウイルスでは、ヘマグルチニンがスパイクタンパク質として機能する。   ※取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。 ⊳ 研究についてのお問い合わせ - 小谷 典弘 (こたに のりひろ) 埼玉医科大学 医学部 薬理学 教授 TEL: 049-276-1157 Email: kotani@saitama-med.ac.jp     - 竹内 英之(たけうち ひでゆき) 静岡県立大学 薬学部 生化学分野 教授 TEL: 054-264-5725 Email: htakeuchi@u-shizuoka-ken.ac.jp   - 中ノ 三弥子(なかの みやこ) 広島大学大学院 統合生命科学研究科 准教授 TEL: 082-424-4539 Email: minakano@hiroshima-u.ac.jp   -本家 孝一(ほんけ こういち) 高知大学 医学部 生化学講座 特任教授 TEL: 088-880-2588 E-mail: khonke@kochi-u.ac.jp   ⊳ 取材、報道についてのお問い合わせ - 埼玉医科大学 広報室(担当:蒔田)  TEL: 049-276-2125   Email: koho@saitama-med.ac.jp   - 静岡県立大学 経営企画室 TEL: 054-264-5130 Email: koho@u-shizuoka-ken.ac.jp   - 広島大学 広報室(担当:高田) TEL: 082-424-4383 Email: koho@office.hiroshima-u.ac.jp   - 高知大学 広報・校友課広報係 TEL: 088-844-8643 Email: kh13@kochi-u.ac.jp   【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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