導波路型光デバイスによる世界最高品質のスクイーズド光生成に成功 ~信頼性の高い実用的な光量子コンピュータの実現に大きく前進~
- 量子ノイズが圧縮された光(スクイーズド光)は光量子コンピュータの根源であり、高品質かつ広帯域であることが高速量子計算には求められています。
- 今回、光デバイスや制御システムの改良により、テラヘルツ級の広帯域性を有する光パラメトリック増幅器を用いて、導波路型光デバイスでの世界最高となる10.1dBの量子ノイズ圧縮に成功しました。
- 光通信波長帯で実現したこの成果は、IOWN技術を融合した高速な量子コンピュータの実現を可能にし、ニューラルネットワーク応用や、将来的な誤り耐性型高速量子コンピュータ実現を大きく加速します。
NTT株式会社(以下「NTT」、代表取締役社長:島田 明、東京都千代田区)、国立大学法人東京大学(以下「東京大学」、総長:藤井輝夫、東京都文京区)、国立研究開発法人理化学研究所(以下「理化学研究所」、理事長:五神真、埼玉県和光市)とOptQC株式会社(以下「OptQC」、代表取締役CEO:高瀬 寛、東京都豊島区)は、導波路型光デバイス(*1)による世界最高品質のスクイーズド光生成に成功しました。スクイーズド光は様々な光量子技術の根幹となる光であり、広帯域かつ高いレベルで量子ノイズが圧縮された高品質な光は光量子コンピュータ実現における最重要リソース状態となります。光量子コンピュータは世界各国で実現化競争が激化している量子コンピュータの中でも大規模性・高速性に優れ、光通信技術との親和性の高さから多くの期待が集まっています。本成果は、将来的にIOWN技術を融合した高速な光量子コンピュータの実現を可能にし、ニューラルネットワークへの応用や、誤り耐性型量子コンピュータの実現を大きく前進させるものです。
本成果は、2026年2月25日(米国時間)に米国科学論文誌Optics Expressのオンライン版に掲載されました。
図1 (a) スクイーズド光の量子ノイズ (b)導波路型デバイスによるスクイージングレベルの変遷
(広帯域性を発揮する導波路型光デバイスでの高スクイージングレベルが近年求められている)
1.背景
連続量光量子コンピュータ(*2)は他方式の量子コンピュータと比べて、装置規模を大きくせずに大規模な計算に対応できることや、比較的低消費電力での動作が見込まれることが期待されています。さらに、光通信技術との親和性の高さから高速光通信技術を活用した高速量子計算ができ、将来のIOWN技術の発展とともに今後も進化する量子コンピュータであると考えることができます。
連続量光量子コンピュータの最も重要な部品の一つとして量子性の源を生成するスクイーズド光源があります。スクイーズド光は光電磁場の正弦(sin:サイン)成分と余弦(cos:コサイン)成分のうち片方の量子ノイズが圧縮された光であり(図1(a))、この圧縮度(スクイージングレベル)が高いほど、誤差の少ない量子計算が可能になります。さらに広帯域なスクイーズド光は計算の高速化と、量子ビット数の増加に大きく寄与します。これまでNTTは東京大学と共同で周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)からなる導波路型の光パラメトリック増幅器を用いて、共振器型に比べて広帯域なスクイーズド光の生成に関する実験を行ってきました(図1(b))。2021年には様々な量子実験が可能になる6dBのスクイーズド光を6THz以上の帯域で生成・検出することに成功しました。2024年には理化学研究所にて世界初となる新方式の光量子コンピュータを稼働させました。しかしながら、より精度の高い計算や量子性の高い計算(量子アルゴリズム)を実行するには、さらに高いスクイージングレベルが求められています(図2)。
例えば、光量子コンピュータではGKP量子ビット(*3)と呼ばれる符号化状態を用いた誤り耐性型量子コンピュータの実現が期待されています。この手法では高いスクイージングレベルが求められますが、10dBのスクイージングレベルが実現されると、高次の符号化技術も組み合わせることで誤り訂正率が現実的な値に下がってきます。
また、光量子コンピュータはアナログ計算機としての利用法も期待されており、特にニューラルネットワークへの応用が現在検討されています。高いスクイージングレベルにより、実用的なニューラルネットワークにおける解の収束が可能になってくるとされています。
図2 光量子コンピュータを構成するスクイーズド光源に本成果が果たす役割
2.技術のポイント
①周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路(*4)
NTTでは広帯域なスクイーズド光源として周期的にその分極が反転されたニオブ酸リチウム導波路の高性能化に取り組んできました。2021年には新規作製手法による導波路自身の低損失化に成功しましたが、導波路から出射されるスクイーズド光の形をコントロールできていませんでした。スクイーズド光の測定や量子もつれの生成には、空間的な形がほぼ等しい他の光と干渉させる必要があります。本研究では導波路から出射されるスクイーズド光の空間的な形が扱いやすい真円に近くなるよう、導波路設計および作製プロセスの最適化を実施しました。
②量子光位相制御技術
高いレベルのスクイーズド光を測定するには、測定時に用いる基準光との相対光位相を厳密に制御する必要があります。スクイーズド光と基準光の位相を同期させるためには、一般にスクイーズド光のもととなる励起光と基準光の光位相を同期させます。従来の光位相同期手法では、非線形媒質内でスクイーズド光生成と光位相同期基準信号の生成を同時に行い、非線形光学媒体から出射される光の一部を分岐して位相同期のための信号を抽出していました。しかしながらこの従来手法では、光分岐の際にスクイーズド光も分岐してしまいます。このとき、位相同期の精度を高めるために分岐比を大きくし、抽出する光強度を大きくしようとすると、スクイーズド光の光損失が大きくなってしまい、結果的にスクイーズド光が劣化してしまうことが問題でした。本研究ではこの問題を解決する新しい位相同期手法を考案しました。具体的には、励起光と基準光を非線形媒質の前で分岐し、位相同期信号を生成するために他の非線形媒体を用いました(図3)。本技術により、従来に比べて低損失かつ同期精度の高い測定系を構築することに成功しました。
図3 新規位相同期手法
3.実験の概要
これらの技術を用いて、PPLN導波路からのスクイーズド光評価を実施し、光通信波長帯において、今回10.1dBの量子ノイズ圧縮を観測しました(図4)。本成果は広帯域なスクイーズド光が生成可能な導波路型光デバイスにおいて世界で初めて古典的な光の持つ 量子ノイズを90%以上圧縮したことを意味します。本成果は光量子コンピュータの性能を向上させる重要な成果となりました。
図4 スクイージングレベル測定結果
4.各機関の役割
●NTT:スクイーズド光源の設計・作製およびスクイーズド光測定
●東京大学:スクイーズド光測定および実験系全体の設計・構築
●理化学研究所:実験・理論に関する議論
●OptQC:実験・理論に関する議論
5.今後の展開
本技術は光量子コンピュータの計算精度向上およびムーンショット目標6のめざす将来の誤り耐性型量子コンピュータ実現に大きく貢献します。今後、今回の成果を導入した量子コンピュータを実現し、2027年には1万量子ビットの量子コンピュータの実証をめざします。
6.関連する過去の報道発表
・2021年12月22日「世界初、ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現する基幹技術開発に成功」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/12/22/211222a.html
・2024年11月8日「新方式の量子コンピュータを実現」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/11/08/241108a.html
論文情報
雑誌名:Optics Express
題 名:Generation of 10-dB squeezed light from a broadband waveguide optical parametric amplifier with improved phase locking method
著者名:Kazuki Hirota, Takahiro Kashiwazaki, Gyeongmin Ha, Taichi Yamashima, Pawaphat Jaturaphagorn, Takumi Suzuki, Kazuma Takahashi, Akito Kawasaki, Asuka Inoue, Warit Asavanant, Mamoru Endo, Takeshi Umeki, and Akira Furusawa
DOI:10.1364/OE.585323
URL:https://opg.optica.org/oe/fulltext.cfm?uri=oe-34-5-7958
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」(プログラムディレクター:北川 勝浩 大阪大学 量子情報・量子生命研究センター センター長)研究開発プロジェクト「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発(JPMJMS2064)」(プロジェクトマネージャー(PM):古澤 明 東京大学大学院工学系研究科 教授/理化学研究所量子コンピュータ研究センター 副センター長)による支援を受けて行われました。
【用語解説】
*1.導波路型光デバイス
光を閉じ込めて、ある方向に光を伝搬させることのできる構造を有する光デバイスの総称。光ファイバなども光導波路の一種。導波路型の光パラメトリック増幅器は一般に、その光閉じ込め効果の大きさから共振器構造を持たず十分に大きい非線形光学効果を引き起こすことができるため、広帯域な非線形光学効果を発揮することが可能。本研究においては広帯域なスクイーズド光生成を可能にしている。
*2.連続量光量子コンピュータ
一般的に広く知られる離散量の量子コンピュータは0と1の重ね合わせを用いるが、連続量の量子コンピュータはアナログ値の重ね合わせを用いることができる。特に光方式では光の直交位相振幅に情報を重畳する。
*3.GKP量子ビット
GKP量子ビット(Gottesman–Kitaev–Preskill量子ビット)は、連続変数量子系(例:量子調和振動子)の位相空間上に格子状に符号化された量子ビットである。無限次元系を用いることで、小さな位置・運動量のずれ(ガウス雑音)に対して高い耐性を持つ誤り訂正が可能となる。主に連続変数量子計算と離散量子ビットを橋渡しする誤り耐性量子情報処理の基盤として研究されている。
*4.周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路
強誘電体であるニオブ酸リチウムからなり、その分極方向を光伝搬軸に周期的に反転させた光デバイス。周期構造により非線形光学効果が向上し、様々な光技術に用いられる。
