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肥満患者の生活指導“ゆっくり食べる”を科学的に検証

学校法人藤田学園

肥満の方はゆっくり食べた方が良いとお医者さんに勧められたことのある人も多いと思いますが、どのような方法でゆっくり食べるかは実は難しい問題です。
藤田医科大学臨床栄養学講座(愛知県豊明市)飯塚勝美教授、青嶋恵医学部学生、出口香菜子大学院生の研究グループは、さまざまなテンポのリズムを聞かせることで、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数(ピザを何口で食べるか)、咀嚼テンポ※(咀嚼のスピード)を測定し、食事時間に影響を与える要素を検討しました。食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数は男女で差があるものの、咀嚼テンポは男女で差が見られませんでした。さらに食事時間は咀嚼回数、口に運ぶ回数と関連しますが、咀嚼テンポやBMIとは関係しませんでした。最後にメトロノームで咀嚼テンポを調節した場合、通常の半分のゆっくりしたテンポのリズムを聞かせると、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数を増やすことができました。テンポを早めた場合よりも、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数に与える影響は強く見られました。以上から、単にゆっくり食べると説明するのではなく、咀嚼回数を増やす、一口に入れる量を減らし食事を口に運ぶ回数を増やす、ゆっくりとしたテンポの音楽を聴きながら食事をする――などと、指導するのが良いと考えられます。
本研究成果は、学術ジャーナル「Nutrients」(17巻6号)で発表され、併せてオンライン版が2025年3月10日に公開されました(Nutrients.).
論文URL : https://www.mdpi.com/2072-6643/17/6/962


<研究成果のポイント>
  • 肥満の方はゆっくり食べたほうが良いと昔から説明されてきたが、ゆっくり食べる方法の科学的な裏付けは不明な点が未だ多い。
  • 食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数は男女で明らかに違うが、咀嚼テンポには性差が少ない。
  • 食事時間と、咀嚼回数、口に運ぶ回数、咀嚼テンポ、BMI、運動能力(5回椅子立ち上がり試験)、普段の摂取エネルギーおよび栄養素との関連について、性別を考慮して解析したところ、咀嚼回数、口に運ぶ回数でのみ関連が見られた。
  • メトロノームのリズムに合わせて食事するよう指示すると、ゆったりとしたテンポに合わせた方が、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数に与える影響が大きかった。
  • 咀嚼回数を増やす、一口に入れる量を減らし食事を口に運ぶ回数を増やす、ゆっくりとしたテンポの音楽を聴きながら食事をすると、食事時間を伸ばすことができるので、肥満の予防に活用できる可能性がある。


<背 景>
肥満の人は早食いとよく言われます。そのため、肥満の患者にはゆっくりと食事をするよう指導することが古くから行われてきました。しかし、肥満が早食いとする根拠は自己申告による論文がほとんどであり、定量的な解析は少ないのが実情です。以上から、ゆっくりと食事することの意味を科学的に説明するためのエビデンスは非常に少ないと考えられます。そのため、テスト食(ピザ)を用いて食事時間を定量的に測定し、食事時間の性差、食事時間に影響を与える因子の同定を行いました。さらには、外部よりメトロノームによる音刺激を与えることで、食事時間や咀嚼時間、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数が変化するかを検討しました。食事時間に影響を与える因子を同定することで、肥満に対する“ゆっくりと食べる”指導をより科学的に行うことができるようになります。


<研究手法・研究成果>
我々は前実験で人の咀嚼リズムがおよそ80bpm程度であることを確かめました。80bpmを基礎的なテンポとして、遅いリズム(40bpm)、同じリズム(80bpm)、速いリズム(160bpm)に合わせて、20-65歳までの被験者33名のピザを食べる食事時間、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数、BMI、運動能力(5回椅子立ち上がり)、握力を測定しました。被験者は朝食を少なくとも4時間前までに済ませて実験に臨み、食事中の水分摂取は禁止としました。
ピザ[(直径20cm、総エネルギー317 kcal (たんぱく質13.0 g:脂質12.6 g:炭水化物38 g) ]を4等分し、1/4枚ずつ、ヘッドフォン下でメトロノームの刺激(0・40・80・160bpm)に合わせて食べるように指示し、食事時間、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数を測定。食事時間はストップウォッチ、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数は咀嚼計Bitescan(シャープ株式会社)で測定しました。また、BDHQ(食品頻度摂取調査質問票)試験により普段の食事成分の摂取量を評価。5回椅子立ち上がり試験、握力は食事テストの10分前までに行いました。
0bpmのデータに関して、男女間の比較、食事時間を従属変数、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数、BMI、5回椅子立ち上がり試験、総エネルギーおよび各栄養素を独立変数、性別を調整因子として、線形回帰分析を行いました。
次に、各群(0・40・80・160 bpm)における食事時間、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数の比較をOne way ANOVAののち、Tukey法で比較。統計ソフトはGraphPad Prism version 10 (GraphPad Software Inc, San Diego, CA, USA)を使用しました。図1に実際の工程を示します。
図1:研究の工程
メトロノームのリズムに合わせて、1/4枚ずつのピザを実食。食事時間とともに、Bitescanで咀嚼回数、咀嚼リズム、口に運ぶ回数を測定しました。


結果
  • 1枚(約20センチ)のピザを4等分して、メトロノームのリズム(0・40bpm・80bpm・160bpm)に合わせて、1/4ずつ食べてもらい、食事時間、咀嚼回数、咀嚼のテンポ(スピードに当たる)、口に運ぶ回数(1/4切れのピザを何口で食べたか)について調べました。
  • 参加者は平均37.2歳、男性15人、女性18人でした。
  • 何もメトロノームのリズム刺激をしていない時の結果を用いて、性別による違い、食事時間に関係する因子をまず調べました。
  • 食事時間と咀嚼回数、口に運ぶ回数は男性で有意に少ない一方、咀嚼テンポは男女で差が見られませんでした。BDHQでエネルギー摂取量、各栄養素の摂取量を調べましたが、異常は見られませんでした。
  • 次に食事時間と関連する因子について、性別で調整し、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数、BMI、5回椅子立ち上がり試験との関係を多変量解析により調べました。握力は性別と関係するので、因子には含めませんでした。
  • 咀嚼回数、口に運ぶ回数は有意に食事時間に関連したが、咀嚼テンポ、BMI、5回椅子立ち上がり試験との関連は見られませんでした。
  • また、食べている栄養が食事時間に関係するかを調べましたが、エネルギー量、たんぱく質、脂質、炭水化物との関連は見られませんでした。
  • 最後に、メトロノームのリズム刺激が、咀嚼テンポ、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数に与える影響を検討。40bpmと遅いリズム刺激を与えると、咀嚼テンポは有意に低下、食事時間は有意に延長、咀嚼回数は有意に増加、口に運ぶ回数は有意に増加しました。他方、160bpmと速いリズム刺激を与えると、咀嚼テンポは有意に増加、食事時間は有意に延長、咀嚼回数は有意に増加、口に運ぶ回数は有意に増加しました。しかし160bpm刺激による効果は40bpm刺激による効果に比べると小さいものでした。性別による違いでは女性でのみ有意でしたが、男性でも同様の傾向を示しました。
図2 研究結果の抜粋
メトロノームのリズム(40bpm・80bpm・160bpm)に合わせて、1/4枚のピザを食べるのに要した食事時間、咀嚼回数、咀嚼テンポ、口に運ぶ回数を測定。この結果は男女合わせたものを示しています。


<今後の展開>
今回の検討を通じて、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数は男女で違いが見られる一方、咀嚼テンポは性差が見られませんでした。従って、食事時間の速い、遅いを論じる場合、男女の差を考慮する必要があります。我々は過去に性別による食事の嗜好の違いも報告していますので、栄養指導には男女の違いを十分に意識する必要があります。
次に、食事時間は咀嚼回数、口に運ぶ回数と関連しており、噛む回数を増やす、一口を小さくするなどの指導は科学的にも理にかなっていることが示されました。他方、テンポはある程度一定なので、テンポを変化させることは難しいこともわかりました。早い音楽に合わせて、早く食べることは難しいようで、逆にゆっくりとした音楽をかければ、食事時間もゆっくりになる可能性があります。今回の検討でも通常の半分のテンポのリズムに合わせると、食事時間、咀嚼回数、口に運ぶ回数がいずれも増加しました。音楽をかけながら食べることには人により好みが分かれますので、まずは噛む回数を増やす、一口を小さくすることを意識して食べるのが良いと思います。
今後は、より複雑な食べ物(一皿に硬さの異なる食事が混在しているものとの比較)、食べる順番の影響が食事時間にどのように影響するかを明らかにしたいと考えています。
本研究は、鈴木謙三記念医科学応用研究財団の資金を得て行いました。

<実際の臨床現場『羽田クリニック』での取り組み>
本研究の成果を受け、藤田医科大学 羽田クリニック(東京都大田区)では、肥満の予防・改善を目的とした食事指導の一環として、テスト食を用いた評価プログラムを導入しています。このプログラムでは、実際に食事をしながら食事速度や咀嚼回数を測定するなど、患者さんそれぞれの食習慣を客観的に評価し、より実践的な指導を行っています。

<用語解説>
※咀嚼テンポ:噛むスピード

<文献情報>
●論文タイトル
Greater Numbers of Chews and Bites and Slow External Rhythmic Stimulation Prolong Meal Duration in Healthy Subjects

●著者
青嶋恵1,2、出口香菜子2、和田理紗子2、後田ちひろ2、平岩衣理1,2、横井美有希3、小野智咲女4、吉田光由3、飯塚勝美2,5*

●所属
1 藤田医科大学医学部
2 藤田医科大学医学部臨床栄養学講座
3 藤田医科大学医学部歯科・口腔外科
4 藤田医科大学羽田クリニック
5 藤田医科大学病院食養部

●DOI
10.3390/nu17060962

 

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