海洋の酸性化と貧酸素化の複合的な要素がシロギスの卵に及ぼす影響を明らかに 気候変動が水産資源に及ぼす影響評価--摂南大学



国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門の井口亮主任研究員、鈴木淳研究グループ長、依藤実樹子テクニカルスタッフ(元公益財団法人 海洋生物環境研究所(以下「海生研」という)研究員)、摂南大学農学部の國島大河講師(元産総研外来研究員)、海生研の林正裕主任研究員、国立研究開発法人 水産研究・教育機構の小埜恒夫主幹研究員らは、人為的な二酸化炭素排出の増加に伴い、世界的に進行している海洋酸性化と貧酸素化が、重要な水産資源の魚種であるシロギスの卵に対して複合的に及ぼす影響を、遺伝子レベルで明らかにしました。




ポイント
●海洋酸性化・貧酸素化の複合影響に対するシロギス卵の遺伝子発現を網羅的に評価した。
●遺伝子発現に対する貧酸素化の影響は海洋酸性化よりも顕著であった。
●気候変動による水産資源への影響を遺伝子レベルで解明した。



概 要 
 国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門の井口亮主任研究員、鈴木淳研究グループ長、依藤実樹子テクニカルスタッフ(元公益財団法人 海洋生物環境研究所(以下「海生研」という)研究員)、摂南大学農学部の國島大河講師(元産総研外来研究員)、海生研の林正裕主任研究員、国立研究開発法人 水産研究・教育機構の小埜恒夫主幹研究員らは、人為的な二酸化炭素排出の増加に伴い、世界的に進行している海洋酸性化と貧酸素化が、重要な水産資源の魚種であるシロギスの卵に対して複合的に及ぼす影響を、遺伝子レベルで明らかにしました。特に貧酸素海水が深刻な影響を及ぼすこと、貧酸素条件区では解糖系※1に関わる遺伝子の発現が上昇して環境変化に対応していることが分かりました。本研究によって得られた成果は、気候変動による水産資源への影響を考える上で重要な知見となります。
 なお、この成果は、令和6年1月31日(現地時間)に国際学術誌「Science of the Total Environment」に掲載されました。


研究の社会的背景
 人為的な二酸化炭素排出の増加に伴う環境変化が、海洋生態系に及ぼす影響が懸念されています。地球温暖化・海洋酸性化に関しては、野外調査や飼育実験などの手法を通じて、海洋生物に与える影響は知見の蓄積が進んでいます。一方、近年では海洋の貧酸素化による影響も懸念され、温暖化・酸性化と合わせてDeadly Trio(死のトリオ)とも呼ばれていますが、これらが複合して海洋生態系に与える影響は未知な部分が多いのが現状です。これまで単一の影響に注目した評価は進んできましたが、複合影響評価、特に貧酸素海水にも着目した研究はほとんど行われてきませんでした。

研究の経緯
 産総研は、海洋生物の環境変化に対する応答を遺伝子レベルで明らかにすることを目指しており、これまで沿岸域から深海域までさまざまな生物種を対象に、飼育実験および遺伝子発現解析を組み合わせたアプローチを通じて、研究を実施してきました。
 なお、本研究は、独立行政法人 環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202007)(2020~2022年度)の支援を受けて実施しました。

研究の内容
 日本沿岸域に生息する魚種の一つであるシロギスは、日本人にとっても天ぷらなどの具材としてなじみ深い重要な水産資源として知られています。本研究では、海生研で飼育されているシロギスから卵を採取し、図1のような、二酸化炭素・空気・窒素をさまざまな割合で混合したガスを添加して暴露用海水を作成できる実験システムを組み上げて、対照区(自然海水を模したpCO2 約450 matm(pH 約8.1)・溶存酸素飽和度約100%)、酸性化海水区(東京湾などの湾内の局所環境では十分起こりうる酸性化環境を模したpCO2約1600 matm(pH 約7.6)・溶存酸素飽和度約100%)、貧酸素海水区(pCO2約450 matm(pH 約8.1)・貧酸素水塊などで起こりうる溶存酸素飽和度約20%)、酸性化・貧酸素複合海水区(pCO2約1600 matm(pH 約7.6)・溶存酸素飽和度約20%)を作成しました。用意した海水の中で、25 ℃で約2時間静置したシロギスの卵よりRNAを抽出してRNA-seq※2を行い、網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。
 RNA-seqを用いた遺伝子発現解析の結果、19,034遺伝子を対象とした網羅的な遺伝子発現パターンを把握することに成功しました。全ての遺伝子発現量を用いて、処理区間の類似度を算出して評価した結果、対照区と酸性化海水区で遺伝子発現傾向が類似している一方で、貧酸素海水区では対照区とは顕著に異なっていました。そのため、酸性化海水よりも貧酸素海水で、遺伝子発現はより強く影響されることが明らかとなりました。また、貧酸素海水区では、解糖系に関与する遺伝子群(13遺伝子)の発現が増加していました。これは酸素欠乏によって電子伝達経路が働きにくくなった結果、解糖系を動かすことで、エネルギー物質であるATP(アデノシン三リン酸)の産生を補おうとしているためと推察されました。その一方で、貧酸素と酸性化海水の複合条件区では、発現変化が対照区と類似している遺伝子も多く見られ、見かけ上緩和されていることが分かりました。先行研究 (Yorifuji et al. 2024)の飼育実験におけるシロギス卵の生残率(孵化成功率)も貧酸素の影響を強く受けていたものの、中程度の酸性化環境下では貧酸素の影響が緩和される傾向が示され、遺伝子発現との類似性が見られました。

今後の予定
 今後は、シロギス卵の発生段階が進むにつれてどのような応答を示すのかを評価していく必要があります。また、他の海洋生物種も対象とした類似の実験を実施して、今回のシロギスで見られたような応答パターンが他の生物種にも見られるのか、その差異を踏まえて、今後の気候変動が海洋生態系の生物群集にどのような影響が生じうるのかを明らかにすることを目指します。

論文情報
掲載誌:Science of the Total Environment
論文タイトル:Whole transcriptome analysis of demersal fish eggs reveals complex responses to ocean deoxygenation and acidification
著者:Akira Iguchi, Masahiro Hayashi, Makiko Yorifuji, Miyuki Nishijima, Kodai Gibu, Taiga Kunishima, Tomoko Bell, Atsushi Suzuki, Tsuneo Ono.
DOI:10.1016/j.scitotenv.2023.169484

参考文献
Makiko Yorifuji, Masahiro Hayashi, Tsuneo Ono. (2024). Interactive effects of ocean deoxygenation and acidification on a coastal fish Sillago japonica in early life stages. Marine Pollution Bulletin, 198, 115896.
https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2023.115896

用語解説
※1 解糖系
主にグルコースをピルビン酸や乳酸などに分解(異化)し、その過程でATP(アデノシン三リン酸)という形でエネルギーを生み出す経路。

※2 RNA-seq
特定の時点で細胞内に存在する全RNA(特にmRNA)の配列を、次世代シーケンサーを用いて決定し、その発現レベルを定量化する手法。遺伝子の発現パターンを詳細に理解し、細胞の機能や状態を解析することが可能となる。




▼本件に関する問い合わせ先
学校法人常翔学園 広報室
石村、上田
住所:大阪市旭区大宮5丁目16番1号
TEL:06-6954-4026
メール:Koho@josho.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
摂南大学
ホームページ
https://www.setsunan.ac.jp/
代表者
久保 康之
上場
非上場
所在地
〒572-8508 大阪府寝屋川市池田中町17-8

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