世界遺産の熊野古道のなかで、田辺から熊野本宮大社へと向かう険しい道は中辺路ルートと呼ばれる山岳修行の道。その途中にある伏拝集落に、2017年、古民家を改装した「山伏そば拝庵」がオープンしました。店主の中根裕磨さんは近くの山で修行する現役の山伏で、こだわりの十割そばを打っています。



　日本各地のおそば屋さんを巡り、奈良の名店で修業した中根さん。自家栽培したそばの実や厳選したそばの実を石臼で挽いてそば粉にし、打ち立てを提供します。十割そばのざるそば「山伏そば」が一番人気のメニューですが、予約が必要な「そば膳」は中根さんが畑で作る野菜や、山で採ったばかりの山菜など、山の幸がたっぷり。秘境にありながら、その美味しさが評判となり、2022年には「ミシュランガイド」で“値段以上に満足できるお店”としてビブグルマンの星を獲得。また、食品の廃棄をできるだけ減少させる取り組みをしていることから、サステナブルなお店に贈られるグリーンスターも獲得し、大きな話題になりました。


　中根さんは東京都町田市出身。大学の卒業制作で取材した山伏の生活への関心が募り、27歳のときに「山伏の本場で修行したい」と、和歌山県田辺市本宮町に移住します。山伏の修行をしながら自給自足のようなスタイルで生活。農業研修に来ていた紗代さんと出会い、結婚します。そんな中根さんがそば打ちに興味を持ったきっかけとは？


　もうすぐ４人目のお子さんが誕生する中根さん一家。家族の絆に支えられながら、山伏の修行とそば打ちに励む中根さんは、春から１日１組限定の民宿をリニューアルオープン。利用客は山伏の一行が多く、宿では精進料理でもてなします。
そんな中根さんに山伏仲間から「前鬼で行う護摩祈祷に参加して、“出張そば”を振る舞って欲しい」という依頼が舞い込みます。出張先は山伏にとっての聖地ともいえる、奈良県吉野郡にある秘境の集落、前鬼です。鬼の夫婦が暮らしていたという伝説の残る修行の地で、格段の思いを込めて行う中根さんの出張そばに密着します。