転写因子(注1)であるNF-κB(注2)の活性化異常はがんをはじめとした種々の疾患に関与しており、特異的阻害薬の開発が待たれている。本研究では、大村天然化合物ライブラリー(注3)より得た殺線虫活性を有するジエタシンAをもとに抗がん活性を有する新規NF-κB阻害薬の合成と作用機序の解明に成功した。この成果は、北里大学の堀江良一教授と砂塚敏明教授のグループが共同で欧州の学術誌European Journal of Medicinal Chemistryにて発表した。
1.発表者(掲載順)と所属
渡邉真理子* [北里大学医療衛生学部]
菅原 章公* [北里大学北里生命科学研究所、東北大学大学院薬学研究科 (現所属)]
野口 吉彦 [北里大学北里生命科学研究所]
廣瀬 友靖 [北里大学北里生命科学研究所]
大村 智 [北里大学北里生命科学研究所]
砂塚 敏明 [北里大学北里生命科学研究所]
堀江 良一** [北里大学医療衛生学部]
*・・・同等の貢献 **・・・責任著者
2.発表のポイント
1)大村天然化合物ライブラリーの中からNF-κBを標的とする低分子化合物の探索を行った。
2)ジエタシンAを見いだし、リード化合物(注4)とした。
3)ジエタシンAのアゾキシビニル基を含む多数の誘導体について検討した。
4)これらの誘導体はがん細胞株の増殖を抑制した。
5)NF-κBのN末端のシステインに結合してNF-κBとインポーチンα(注5)との会合を阻害、NF-κBの核移行を阻止すると考えられた。
6)本研究は殺線虫活性を有する化合物から抗がん活性を有する化合物の開発というユニークな側面を持つ。
3.発表内容
1)研究の背景・先行研究における問題点
転写因子であるNF-κBの活性化異常は、細胞の増殖や炎症、免疫応答やサイトカインの産生等により種々の疾患に関与しており、重要な分子標的の一つと考えられている。がん細胞ではNF-κBの恒常的な強い活性化が生存や増殖と密接な関係にあることが知られている。一方、染色体のDNA複製を標的とするような従来の化学療法の際にNF-κBが一時的に誘導され、治療の効果を減じる可能性が報告されている。これまで多くのNF-κB阻害薬の開発が試みられているが、特異性や生物学的利用能等の原因で広く臨床応用に至ったものはない。したがって、特異的NF-κB阻害薬の開発はがん治療に新たな展開をもたらす可能性がある。
2)研究内容
NF-κBの活性化には複数の分子が関与するが、本研究ではNF-κBそのものを標的とする低分子化合物の探索を行った。NF-κBのN末端のシステインはこれまでの報告から有望な標的と考えられている。
はじめに北里大学北里生命科学研究所の大村天然化合物ライブラリーより可能性のある10種類を選んで、がん細胞の増殖抑制やNF-κBの阻害能を指標にしてスクリーニングを行い、ジエタシンAを見いだし、リード化合物として多数の誘導体について評価を行い、新規の特異的NF-κB阻害薬の開発を目指した。その結果、ジエタシン類のアゾキシビニル基を含む誘導体がNF-κB阻害活性を有することを見いだした。阻害機構の解析では、NF-κBのN末端のシステインへの結合によるNF-κBとインポーチンαとの会合の阻害、それによるNF-κB核移行阻止が示唆された。
本研究は殺線虫活性を有する化合物から抗がん活性を有する化合物の開発というユニークな側面を持つ。大村天然化合物ライブラリーは、技術や知識を蓄積した各部門の新たな連携により感染症のみならず、がん治療へも貢献する可能性を示唆している(図1)。
4.論文情報
著者名:Mariko Watanabe, Akihiro Sugawara, Yoshihiko Noguchi, Tomoyasu Hirose, Satoshi Ōmura, Toshiaki Sunazuka, Ryouichi Horie
論文名:Jietacins, azoxy natural products, as novel NF-κB inhibitors: Discovery, synthesis, biological activity, and mode of action
雑誌名:European Journal of Medicinal Chemistry
掲載ページ:178:636-647
オンライン公開日:2019年5月29日
DOI:10.1016/j.ejmech.2019.05.079
5.用語解説
(注1) 転写因子
染色体遺伝子への結合を介して遺伝子発現を制御するタンパク質
(注2) NF-κB
遺伝子の発現制御を通して細胞の増殖のみならず炎症、免疫応答など多彩な生命現象に関与するタンパク質
(注3) 大村天然化合物ライブラリー
新しい薬の候補となりうる低分子化合物を集めたもの
(注4) リード化合物
活性を有する化合物で、その構造が薬効などを改良する出発点となるもの
(注5) インポーチンα
細胞質にあるタンパク質の核への輸送を担うタンパク質
6.問い合わせ先
〔研究内容に関すること〕
●北里大学 医療衛生学部 血液学 教授
堀江 良一(ホリエ リヨウイチ)
〒252-0373 神奈川県相模原市北里1-15-1
TEL: 042-778-8216
E-mail: rhorie@med.kitasato-u.ac.jp
●北里大学 北里生命科学研究所 生物有機化学研究室 教授
砂塚 敏明(スナヅカ トシアキ)
〒108-8641 東京都港区白金5-9-1
TEL: 03-5791-6340
E-mail: sunazukatoshiaki@yahoo.co.jp
〔プレスリリースに関すること〕
学校法人北里研究所 総務部広報課
〒108-8641 東京都港区白金5-9-1
TEL: 03-5791-6422
E-mail: kohoh@kitasato-u.ac.jp
【お詫びと訂正】本文中、問い合わせ先〔研究内容に関すること〕の電話番号042-778-8126は042-778-8216の誤りでした。これに伴い、添付のPDFファイルを差し替えました。(2019/07/12 11:00)
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/