【文京学院大学オピニオンレター】誰もが産後ケアを受けられる社会に向けて

  • 学校法人文京学園

産後から育児期へ切れ目無い支援実現のために

文京学院大学 オピニオンレター Vol.13

提言者:市川 香織 (保健医療技術学部准教授 専門:母性看護学、助産学、母子保健)
助産師。主な研究テーマは、産前産後ケア、母子保健「健やか親子21」、助産師のキャリア開発等。千葉大学医学部附属病院、国保小見川総合病院、千葉大学医学部附属助産婦学校(専任講師)、厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課、公益社団法人日本助産師会(事務局長)等を経て現職。共著に『助産学講座9 地域母子保健・国際母子保健』(医学書院,2010年)等。
2016年1月に誕生した、全国初となる県全域型宿泊型産後ケア施設「健康科学大学産前産後ケアセンター ママの里」(山梨県笛吹市)設立にも尽力。

■妊娠・出産期死因1位は“自殺”

2016年に発表された東京都監察医務院や順天堂大学の報告によると、2005年から2014年の10年間に東京23区内で63人の妊産婦(妊娠中と出産後1年未満)が自殺しており、最多の死因であることがわかりました。内訳は、出産後1年未満は40人、そのうち6割に精神科通院歴があることが判明しました。この妊産婦の自殺率は、健康問題を原因とする妊産婦死亡率より、2倍以上高い割合です。本報告から、産後のメンタル面にフォーカスした支援の必要性が浮き彫りになりました。

妊娠・出産を迎える女性は精神的にアンバランスになりやすく、特に出産直後は子育ての重圧も重なり、不安に陥りやすい状況です。現代は核家族化や少子化の影響で身近に頼れる人がおらず、1人で悩みを抱え込むことも珍しくありません。全ての女性が出産による心身の変化から、個人差はあれど不安定になるリスクを抱えています。しかし日本では、産後の母親を支援する「産後ケア」はまだ一般的ではありません。母親たちが前向きに子育てに向き合えるよう、産後ケアが当たり前の社会になるためにはどうすれば良いのでしょうか。産後の女性の状態や産後ケアの現状を解説し、今後の対応策を考えてみたいと思います。


■なぜ、産後ケアは必要?

そもそも、なぜ産後ケアは必要とされるのでしょうか。産後ケアとは、母親になった女性の心身を癒し、親子の愛着形成と親としての自立を促して、社会復帰の援助を行う産後の女性の包括的な支援を指します。産後ケアのプログラムは、女性の自立支援を目的とし、心身の変化に対応したケアと母乳育児をはじめ育児全体の支援を行います。産後ケアが求められる理由として、以下3つの要因が挙げられます。


<理由1:ホルモンバランスの変化>

妊産婦の女性はホルモンバランスの変化によって、精神的に不安定になりやすい傾向があります。ホルモン分泌量は妊娠を機に増加して出産でピークを迎え、産後は急激に落ち込みます。ホルモンバランスの乱れが自律神経に影響を及ぼし、体や心が追いつかなくなるのです。不安定になると、悲しくなったりイライラするマタニティブルーになり、症状が進むとうつ病につながるケースもあります。産後のホルモンバランスの変化によるうつのリスクは、誰もが潜在的に抱えているのです。


<理由2:入院期間の短縮化>

出産の入院期間は約9割が6日以内に退院しており、年々入院期間は短縮する傾向にあります。ほとんどの母親が出産による心身の疲れが癒えず、十分な育児指導を受けないまま退院しているのが現状です。

しかし、産後の母親が最も不安を感じる時期は、退院直後から3ヶ月頃までが多数であり※1、母親が明るい気持ちで子どもと向き合うためには、この時期に不安を取り除き安心感を与える支援が不可欠です。


<理由3:欲求を満たして親への自立>

産後ケアには母親の欲求を満たし、親としての自立を支える側面があります。産後の母親には、とにかく眠い、育児法を知りたい、話を聞いて欲しいなど様々なニーズがあります。産後ケアを通して、継続してケアを受けられる安心感、自身が認められ大事にされる安心感がホルモンを安定させ、心身の健康が前向きな子育てに繋がります。母親のニーズが生理的欲求から順に満たされることが、親子の愛着形成につながるのです。


■誰もが産後ケアを受ける社会へ

では、誰もが産後ケアを気軽に受けられるような社会に向けて、どのようなことが求められるのでしょうか。母親、周囲、行政の3つの観点から提言したいと思います。


<提言1:母親になる準備としての知識>

まず、母親自身が産後うつのリスクと産後ケアの必要性を認識することが挙げられます。前述の通り、産後の女性は心身共に不安定になりやすく、うつ状態になると病院へ通ったり誰かにサポートを求めたりなど能動的な行動が難しくなります。母親自ら、妊娠前や妊娠の初期段階から産後うつのリスクを理解し、自分も発症する可能性があると認識しておくことが重要です。妊婦健診時に産後ケアについて伝えたり、母親学級で学ぶ機会を設けたり、母親への知識普及の機会が求められます。

産後ケアは、うつに悩む方のみが受ける特別なものではありません。産後ケアを通して、育児法や悩みの相談や、子育てで思い通りにいかないことがあっても完璧を求めず、気楽に相談できる場があることを理解しましょう。


<提言2:周囲からの産後サポート>

父親や身近な人々による安心できる環境づくりも欠かせません。今年監修を行った調査で、産後約1年間で「自分が産後うつだったかもしれない」と回答した女性は全体で半数近い46.8%※3でした。うつ状態からどうやって抜け出したかを尋ねたところ、夫や家族のサポートが共に3割を超えていました。正常なホルモンバランスの維持には、産前産後期に周囲のサポートが不可欠であることがうかがえます。

例えば、父親の育児休暇取得の促進や定時退社などの企業側の配慮も挙げられます。父親ではなく祖父母が該当するケースもあるでしょう。周りのサポートの重要性を認識し、身近な人々が家事や育児をサポートして母親とお互いを認め合うコミュニケーションをとることが健全な家庭形成の一歩となります。


<提言3:切れ目無い行政の包括支援>

3点目が行政の取り組みです。日本の妊娠・出産・産後のサービスやケアの場所は、出産までは医療機関、産後は地域へと移ります。出産直後から育児への移行期で、母親が育児不安を感じやすい時期に、支援の空白期間が存在するのです。産後の母子支援の実態把握のため、厚生労働省では「健やか親子21」において、妊娠・出産の満足度を尋ねる調査をしてきました。その中の「産後、退院してからの1ヶ月程度、助産師や保健師等からの指導・ケアは十分に受けることができましたか」では、満足度は63.7%※4に留まっています。国は10年後までに満足度85%※5を目標に掲げ、産後ケアの体制整備を目指しています。目標達成のため、厚生労働省は、妊娠期から子育て期にわたって切れ目の無い支援を行う「子育て世代包括支援センター」の全国展開に取り組んでいます。山梨県の「健康科学大学産前産後ケアセンター ママの里」など徐々に増えつつあり、今後が期待されます。

子育て世代包括支援センターは、フィンランドの子育て支援施設「ネウボラ」を模範としています。ネウボラは全ての妊婦・母子・子育て家族が対象で、妊婦健診などの妊娠期、産後直後の手厚いケア、子育て相談を行う子育て期まで、長期的な支援を実施しています。助産師や保健師など専門職チームが中心となって母子サポートを行い、各対象のほぼ100%が利用しているそうです。日本でも、産後から育児期に断絶しない支援体制づくりが望まれます。


■産後ケアの拡充に向けて

現在も孤独を感じたり、子育てに悩んだり、産後うつ一歩手前の母親は多く存在します。昨年、「産後をもっとハッピーにしたい、家族、社会みんなのサポートで産後ママと赤ちゃんの笑顔を増やしたい」との思いで、NPO法人などと協同で「3・3産後サポートプロジェクト」を提言しました。「3・3」とは、日本の産後サポート期間を産後3週間から3ヶ月への延長を示しています。本プロジェクトでは産後サポートが家族や企業で認知・拡充するよう、赤ちゃんにやさしい5ヵ条を掲げ、産後ケアの啓発活動を推進しています。


<赤ちゃんにやさしい家族5カ条>

1.産後の女性のカラダについて知識を深めます

2.赤ちゃんがいる生活をイメージし、父親の育休取得を含め、産後3カ月のサポート計画を、祖父母を含めた家族で立てます

3.妊娠中に産後ケア、子育て支援情報の収集、見学をし、産後、家族の手では足りない場合は、外部サービスを利用します

4.妊娠中から早起きを心がけ、朝ご飯を家族で食べます

5.妊娠中から夫婦・家族で近所を散歩し、産後1カ月健診でOKがでたら赤ちゃんも一緒に再開します


<赤ちゃんにやさしい企業5カ条>

1.産後ママにとって家族のサポートが不足する時期(産後3カ月間)は、そのパートナーたる父親(社員)の育休・有休(年休)取得を促進します

2.子が最低生後3カ月まで、父親(社員)の定時退社を促進します

3.自社内においてママ、パパネットワーク作りを推進し、とくに妊娠~産後3カ月の社員への、先輩パパママ社員からの声かけを推進します

4.社員に自分のカラダ、現在の妊娠・出産、不妊治療などについて学ぶ機会をつくります

5.産後ケアサービスの助成、孫育て休暇の導入などを検討し、必要があれば実施します


近年、ようやく産後ケアへの注目が集まり始め、国も対策を進めています。この灯を絶やさぬよう、行政、企業、ケア施設、子育て支援団体などと一緒に活動を展開していく予定です。産後の母親、赤ちゃんの笑顔が増える社会を目指し、今後も家族、企業、地域に産後ケア、サポートの重要性を提唱し、活動の輪を広げていきたいと思います。


【 出典 】
※1,2 山梨県 「新たな産後育児支援の在り方検討委員会資料」
※3 ベビカム http://www.babycome.ne.jp/blog/1570742
※4,5 厚生労働省 「健やか親子21(第2次) 参考資料集」



<文京学院大学について>
文京学院大学は、東京都文京区、埼玉県ふじみ野市にキャンパスを置く総合大学です。 外国語学部、経営学部、人間学部、保健医療技術学部、大学院に約5,000人の学生が在籍しています。本レターでは、文京学院大学で進む最先端の研究から、社会に還元すべき情報を「文京学院大学オピニオン」として提言します。


<本件に関するお問い合わせ先>
文京学院大学(学校法人文京学園 法人事務局総合企画室) 三橋、谷川
電話番号: 03-5684-4713

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組織名
学校法人文京学園
ホームページ
http://bgu.ac.jp
代表者
島田 昌和
上場
非上場
所在地
〒113-8668 東京都文京区向丘1-19-1
連絡先
03-5684-4713

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