名城大学大学院農学研究科大学院生の那須田菜月、同研究科教授の大浦健(環境化学)、農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門の Keerthisiri Guruge 博士からなる研究グループは、塩素と臭素という異なる種類のハロゲンが置換した多環芳香族化合物(ハロミックスPAH)注1)が表層土壌や海底質に存在することを世界で初めて明らかにしました。さらにハロミックスPAHの光安定性や発がんに関与する受容体との結合活性を評価した結果、塩素化体と臭素化体のそれぞれの特徴を併せ持つ特性を示すことがわかりました(図1)。
これまでの環境汚染物質に関する研究では、さまざまな有機ハロゲン化合物が調べられてきました。一方、異なる種類のハロゲンを含むハロミックス化合物については、研究例が極めて少なく、環境中にどのような化合物が存在するのか、また、どのような生体影響を及ぼす可能性があるかなど、多くの点が未解明のままです。
本研究は、環境中におけるハロミックス化合物の存在実態や特性の解明に向けた重要な一歩であり、今後、環境中での挙動や生態影響について、さらなる研究の展開が期待されます。
本研究成果は、2026年9月22日に Elsevier が出版する国際学術誌「Emerging Contaminants」に掲載されました。
【ポイント】
- ハロミックス PAH を環境土壌から初めて同定した。
- 検出パターンからラジカル反応による PAH のハロゲン化で生成されることを推定した。
- ハロミックス PAH に疑似太陽光を照射した結果、脱臭素反応が優先的に進行し塩素化体が残存することを明らかにした。
- 発がんに関与する芳香族受容体(Aryl hydrocarbon receptor: AhR)注2)との結合活性を調べた結果、置換基である臭素よりも塩素原子がAhRとの結合に関与していることが示唆されました。
図1 ハロミックスPAH研究の概念図
【詳細な説明】
1.背景
PFOSに代表される有機フッ素化合物やダイオキシンや PCB といった有機塩素化合物など、有機物にハロゲン元素が置換した有機ハロゲン化合物は、環境汚染物質として世界中で幅広く研究が行われていました。しかしながら、これまでの環境汚染における有機ハロゲン化合物に関する研究は単一のハロゲン元素が置換した化合物を分析対象にしたものが一般的であり、異なる種類のハロゲン元素が置換した化合物を対象にした研究例は存在していませんでした。大浦らはこれまでに塩素化したPAHや臭素化した PAH が様々な環境中に普遍的に存在することを世界に先駆けて明らかにしてきました。これらの知見から塩素と臭素が置換した PAH(ハロミックス PAH )の着想につながり、今回の成果に至りました。
2.研究内容及び本成果の意義
研究グループはまず、ハロミックス PAH の合成に取り組みました。実際の燃焼過程を模倣した反応系を構築し、目的のハロミックス PAH を合成することに成功しました。次に、合成したハロミックス PAH を標準物質
注3)として用い、土壌試料の分析を行いました。
その結果、土壌試料から得られた分析ピークは、合成された標準物質と同様な形状を示しました(図2)。このことから、土壌試料中にハロミックス PAH が存在することが示されるとともに、ラジカル反応を伴う燃焼過程で生成し、環境中に拡散した可能性が示唆されました。この知見は燃焼過程において様々なハロミックス化合物が生成する可能性を含んでいます。
図2 土壌試料(上段)と標準物質(下段)の分析ピーク
さらにハロミックス PAH の環境残留性を評価するために、疑似太陽光による照射実験を行いました。その結果、ハロミックス PAH は脱臭素反応が優先的に進行する臭素化 PAH と極めて類似した挙動を示すことが明らかになりました。
続いて、ハロミックス PAH の生体影響に関する特性を評価するため、発がんに関与する芳香族受容体(AhR)との結合活性能を調べました。
その結果、ハロミックス PAH の AhR 結合能は塩素化 PAH と同等の強さと類似した挙動を示しました。このことから、AhR との結合には臭素原子よりも塩素原子が大きく寄与している可能性が示唆されました(図3)。
図3 ハロミックスPAHとその類縁体のAhR結合活性
以上の結果から、ハロミックス PAH は塩素化 PAH と臭素化 PAH の特徴を併せ持つ物理化学的・生物学的特性を有することが示されました。一方、今回検討していない分解・代謝経路については、未解明な点も残されています。
3.今後の展開
本研究では、ハロミックス PAH を環境土壌から初めて検出しましたが、他の環境媒体サンプルにおける存在実態はまだ調べられていません。また、今回分析対象とした物質とは異なる構造をもつハロミックス PAH の環境汚染も懸念されます。今後、様々なハロミックス化合物の探索を進めるとともに、環境中での分布や挙動、生態影響を含めたリスク評価に関する研究の進展が期待されます。
【用語解説】
注1) 多環芳香族化合物(PAH)
有機物の不完全燃焼過程で生成する代表的な環境発がん物質。大気・土壌・河川・海水といった様々な環境媒体に普遍的に存在し、人体への影響が懸念されている。
注2) 芳香族受容体(Aryl hydrocarbon receptor : AhR)
特定の化学物質と結合し、遺伝子の発現を調節するタンパク質。環境汚染物質のような外来異物が生体内に取り込まれた際、ある種の外来異物は細胞内のAhRと結合し、外来異物を発がん物質に変化させる。そのためAhRとの結合能は化学物質の発がんリスクの指標となっている。
注3) 標準物質
化学分析において純度や濃度が既知の物質。純度や濃度が明らかとなっている分析対象物質を用いることで、より高精度の定性・定量分析が可能になる。
【掲載論文】
雑誌名: Emerging Contaminants
タイトル: Hetero-halogenated polycyclic aromatic hydrocarbons as environmental contaminants: Occurrences, photostability, and AhR-mediated activity of bromochloropyrene
(環境汚染物質である異種ハロゲン化多環芳香族炭化水素:臭素塩素化ピレンも環境実態、光安定性、AhR との結合能評価)
著者名: Natsuki Nasuda, Keerthi S. Guruge, Takeshi Ohura
(那須田菜月、キースシリ グルゲ、大浦 健)
掲載日時: 2026年9月22日
DOI:
10.1016/j.emcon.2026.100758
【著者のコメント】
大浦 健(農学部 教授)
これまで50種近く新奇な環境汚染物質を発見してきました。今回のハロミックス PAH はこれまでの研究の集大成ともいえる物質です。その存在を環境中から検出できたときは安堵感でいっぱいでした。その一方で、実験や解析にミスは無かったか、確証が得られるまでは同じくらいの不安もありました。新奇な環境汚染物質が法的に規制されるまでには様々な証拠(研究データ)が必要であり、多くの時間もお金もかかります。本研究が将来の環境保全の一助になれば、研究者冥利に尽きるでしょう。
【研究助成金】
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) (25K15471)
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) (23K21754)
【本件に関するお問い合わせ先】
・研究内容に関すること
名城大学 農学部 教授
大浦 健(おおうら たけし)
Tel: 052-838-2438
Email: ohura@meijo-u.ac.jp
・広報担当
名城大学渉外部広報課
Tel: 052-838-2006
Email: koho@ccml.meijo-u.ac.jp
▼本件に関するお問い合わせ先
名城大学渉外部広報課
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