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近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)医学科6年 若森千怜、同泌尿器科学教室主任教授 藤田和利、同ゲノム生物学教室講師 デベラスコ・マルコを中心とする研究グループは、前立腺がんの有無によって腸内細菌の構成に違いが生じることを発見しました。また、前立腺がんと関連する代謝経路を明らかにし、葉酸やビタミンEなどの腸内細菌由来の代謝産物が前立腺がんを促進している可能性を示しました。本研究により、今後、腸内細菌の解析を元にした前立腺がんのリスク予測や新たな治療法の開発が加速することが期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)8月7日(水)に、前立腺がんに特化した専門学術誌"The Prostate(ザ プロステート)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●前立腺がんの有無で腸内細菌の組成に違いが生じることを確認
●葉酸やビタミンEなど腸内細菌由来の代謝産物が前立腺がんを促進している可能性がある
●マウスを用いた研究が、ヒトでの前立腺がんと腸内細菌の関係解明に有用であることを示唆
【本件の背景】
前立腺がんは、日本でも患者数が増加している男性特有のがんで、発症には加齢やたばこ、食生活などの生活習慣や環境的な要因が影響すると考えられています。近年、こうした原因と同様に腸内細菌も発症に影響することが明らかになってきました。
腸内細菌は、正常な生理機能の維持に複雑に関与しており、さまざまな疾患への影響が示唆されることから、遺伝子解析などを用いた研究が急速に発展しています。先行研究では、腸内細菌が構成する複雑な微生物生態系である「腸内細菌叢」に異常が生じると、前立腺がんの進行に影響が生じることが示唆されています。しかし、実際に腸内細菌叢が前立腺がんの発症や進展とどのように相互作用するかなど、そのメカニズムは明らかになっていません。こうした課題を解明するために、マウスを用いた研究が行われていますが、種を超えた比較検討は未だ十分ではなく、研究成果をヒトに応用するためには、マウスとの類似点や相違点を明らかにする必要があります。
【本件の内容】
研究グループは、前立腺がんのモデルマウスと、前立腺がんが高リスクで発症すると予想されるヒトの糞便から、腸内細菌のDNAを抽出して解析を行いました。その結果、マウスとヒトの両方において、前立腺がんの有無で腸内細菌叢の組成に違いがあることを明らかにしました。また、細菌がもつ特定の遺伝子を解析することで腸内細菌を網羅的に評価し、前立腺がんのマウスとヒトの腸内細菌のうち、約80%が共通していることも見出しました。さらに、葉酸やビタミンEといった腸内細菌由来の物質が、前立腺がんを促進する可能性があることを明らかにしました。
ヒトは腸内細菌の構成に個人差がありますが、モデルマウスを用いることでより均一化された条件でメカニズムを研究することが可能となります。本研究により、モデルマウスを用いた研究は、ヒトでの前立腺がんと腸内細菌叢の関係解明に有用であることが示されたことから、今後、マウスから得られたデータをヒトの研究に応用することで、腸内細菌の解析を元にした前立腺がんのリスク予測や新たな治療法の開発が加速することが期待されます。
【論文概要】
掲載誌:The Prostate(インパクトファクター:2.6@2023)
論文名:A cross-species analysis of fecal microbiomes in humans and mice reveals similarities
and dissimilarities associated with prostate cancer risk
(ヒトとマウスの腸内細菌叢の解析から前立腺がんのリスクに関連する
共通点や相違点の探索)
著者 :若森千怜1,2,*、デベラスコ・マルコ1,3,*、坂井和子3、倉由吏恵3、松下慎4、
藤本西蔵1、波多野浩士4、野々村祝夫4、藤田和利1、西尾和人3、植村天受1
*共同責任著者
所属 :1 近畿大学医学部泌尿器科学教室、2 近畿大学医学部医学科、
3 近畿大学医学部ゲノム生物学教室、4 大阪大学大学院医学系研究科泌尿器科
DOI :10.1002/pros.24776
URL :
https://doi.org/10.1002/pros.24776
【論文の詳細】
研究グループは、遺伝子を改変した前立腺がんのモデルマウスと、前立腺がんを発症しない野生型マウス、そして、前立腺の生体検査で前立腺がんの進展リスクが高いと診断されたヒト(点数が高いほど悪性とされるグリーソンスコア※1が2点以上)、前立腺がんの発症や進展リスクが低いと診断されたヒト(グリーソンスコアが2点未満)から採取した糞便を用いて、マウスとヒトで種を超えた腸内細菌叢の比較検討試験を行いました。
糞便中の16s rRNA解析※2から、機能的解析およびメタゲノム解析※3を行うことで、マウスとヒトの両方において、前立腺がんの有無で腸内細菌叢の組成に違いがあることが示されました。また、どのような腸内細菌が存在するか解析した結果、マウスとヒトで比較すると、分類階級※4のうち科のレベルでは約33%、属レベルでは約19%の腸内細菌が共通しており、機能的には約80%の腸内細菌が共通していることも明らかにしました。
また、前立腺がんの有無で発現が異なる遺伝子を解析したところ、マウスおよびヒトで前立腺がんに特異的な代謝経路の存在が明らかになりました。特に、葉酸の生合成、ユビキノン※5および他のテルペノイド※6-ユビキノン生合成を含む補酵素およびビタミンの代謝経路に関する遺伝子発現が、マウスとヒトの両方で前立腺がん特異的に上昇しており、前立腺がんにはこれらの代謝経路が関係していることが示唆されました。また、アミノ酸代謝に関連するいくつかの代謝経路が、野生型マウス、発症リスクが低い群のヒトに関連していることも明らかになりました。
本研究成果により、マウスとヒトの両方の腸内細菌叢解析の結果から、腸内細菌と前立腺がんとの関連を確認できました。また、葉酸やビタミンEなど腸内細菌由来の代謝産物が、前立腺がんの促進因子である可能性を示唆する新たなデータも得られました。本研究は、モデルマウスがヒトの前立腺がんと腸内細菌叢の関連を分析するうえで有用であるというデータを示し、前立腺がんについてより深い知見を得ることを可能にすると考えられます。
【研究代表者コメント】
デベラスコ・マルコ
所属 :近畿大学医学部ゲノム生物学教室
職位 :講師
学位 :博士(医学)
コメント:近年、腸内細菌が健康と非常に関係が深いことが明らかになり、がんをはじめ、さまざまな疾患との関連が研究されています。こうした研究にはモデルマウスが用いられており、疾患の生物学を理解するために非常に重要なツールとなっています。私たちの研究室は、前立腺がんの生物学を解明し、新しい治療法を見つけることに注力しています。本研究では、ヒトとマウスの腸内細菌叢を調べ、腸内微生物と前立腺がんについての理解を深めることを目的としており、そのために、遺伝子組換えモデルマウスを使用しました。
今回の研究成果は、ヒトとマウスの腸内細菌叢における機能的な類似性を示しています。これは、腸内細菌叢に関連した疾患を研究するために、マウスが適切なツールであると示す重要な結果です。さらに、私たちは前立腺がんに関連する要因、例えば葉酸やビタミンEも特定しました。葉酸とビタミンEは、前立腺がんリスクに関わる重要な栄養素ですが、そのメカニズムはまだよくわかっていません。
本研究では、腸内細菌が葉酸やビタミンEの生合成が、ヒト、マウスどちらでも前立腺がんに関連していることを明らかにしました。さらに、モデルマウスは将来の研究で腸内細菌がヒトの前立腺がんリスクにどのように影響するかを理解するために、貢献できると期待されます。
【用語解説】
※1 グリーソンスコア:前立腺がんの重症度を分類する方法の一つ。生体検査で採取した組織を顕微鏡で検査して、病変を判定し2~10点の9段階に分類する。
※2 16s rRNA解析:細菌叢全体のDNAを精製して、リボソームRNAである16s rRNA遺伝子を標的として増幅し、菌種の存在や割合を網羅的に解析する方法。
※3 メタゲノム解析:微生物群を培養せず、そのままゲノムを精製して直接配列を調べることで、網羅的に解析する手法。
※4 分類階級:生物学や分類学において、生物を階級で分類したもの。大きいカテゴリーから、門、綱、目、科、属、種という階級で分類される。
※5 ユビキノン:ミトコンドリアの内膜に存在し電子伝達を担う分子の一つで、体内でのエネルギー産生に関与する。いわゆる補酵素、コエンザイムQ10のことを指す。
※6 テルペノイド:炭素原子を5つ持つイソプレンを基本骨格とする化合物群で、生物活性を持つ化合物が数多く含まれることから、医薬品候補化合物を探索する際などに非常に重要となる。他にもさまざまな分野で活用されており、代表的な物質としては、カロテノイドやステロイドが知られる。
【関連リンク】
医学部 医学科 講師 デベラスコ・マルコ
https://www.kindai.ac.jp/medicine/research/teachers/introduce/de-velasco-marco-a-867.html
医学部 医学科 教授 藤田和利(フジタカズトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2406-fujita-kazutoshi.html
医学部 医学科 特命准教授 坂井和子(サカイカズコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1674-sakai-kazuko.html
医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/
▼本件に関する問い合わせ先
広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/