「細胞の毛」がホルモン分泌に影響することを証明

学校法人慈恵大学

~下垂体の形成・分化を一次繊毛が制御する世界初の発見~


東京慈恵会医科大学 生化学講座の吉田彩舟講師(現 東邦大学 理学部)と吉田清嗣教授らの研究グループは、細胞に1本だけ存在する細胞小器官「一次繊毛」(注1)がホルモン分泌の要である下垂体(注2)の発生を制御することを世界で初めて証明しました。
本研究成果は、7月26日に「Endocrinology」に掲載されました。
本研究成果は以下の通りです。
・    一次繊毛に異常のあるマウスは、下垂体のホルモンを作る細胞の数が減少すること、また、ホルモンの分泌に欠かせない血管系に異常が生じることを見出しました。
・    一次繊毛の異常により、Hedgehogシグナル(注3)の低下を引き起こし、ホルモン産生細胞の分化不全による細胞数の減少につながることを明らかにしました。
・    これまでに考えられてきたシグナル分子と転写因子よりも、細胞小器官である一次繊毛を介した下垂体の発生制御システムが上位に存在することが示されました。

本研究では、一次繊毛の異常を呈するマウスモデルを用いて、一次繊毛の異常が、下垂体のホルモン産生細胞ならびに内分泌に重要な血管系の異常を引き起こすことの証明に成功しました。内分泌の要である下垂体の機能獲得に一次繊毛が関与するという本研究成果は、先天性の下垂体機能低下症のみならず、これまで原因の明らかでなかった特発性下垂体機能低下症の病態理解や治療法の開発につながることが期待されます。

論文情報

雑誌名:Endocrinology
論文タイトル:Primary Cilia are Required for Cell-Type Determination and Angiogenesis in Pituitary Development
Doi: 10.1210/endocr/bqae085
著者:Saishu Yoshida (吉田彩舟)1,2*, Yousuke Tsuneoka (恒岡洋右)3, Takehiro Tsukada (塚田岳大)2, Takashi Nakakura (中倉敬)4, Akira Kawamura (河村明良)1, Wataru Kai (甲斐亘)1, and Kiyotsugu Yoshida (吉田清嗣)1,*
*責任著者       
1 東京慈恵会医科大学 生化学講座
2 東邦大学 理学部 生物分子科学科
3 東邦大学 医学部 解剖学講座微細形態学部門
4 帝京大学 医学部 解剖学講座
 
本研究の一部は、文部科学省科学研究補助金(基盤研究B、基盤研究C、挑戦的研究[萌芽])、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、山口内分泌疾患研究振興財団、東京慈恵会医科大学などの助成を受けて行われました。

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【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物分子科学科・講師・吉田彩舟 
電話 047-472-1158 メールsaishu.yoshida@sci.toho-u.ac.jp

【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学  経営企画部 広報課 
電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp

学校法人東邦大学 法人本部経営企画部 
電話 03-5763-6583 メール press@toho-u.ac.jp

【用語説明】
(注1) 一次繊毛
長さが数マイクロメートルで、ほぼ全ての細胞に1本だけ存在する毛様の細胞小器官(オルガネラ)。多くの受容体が局在し、細胞が外部環境を感知するアンテナとしての機能を担っている。

(注2) 下垂体
脳の直下に位置する内分泌器官。下垂体の前葉は、成長ホルモン(GH)、プロラクチン(PRL)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、性腺刺激ホルモン(FSH/LH)を分泌し、個体の成長、泌乳、代謝、ストレス応答、生殖などを制御する内分泌系の要として機能する。

(注3)  Hedgehogシグナル
正常な組織発生に必須で、ショウジョウバエからヒトまで進化的に保存されたシグナル系。哺乳類では、受容体が一次繊毛上に存在し、一次繊毛に強く依存した伝達様式を示す。
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研究の詳細

【背景】
下垂体は成長ホルモンや性腺刺激ホルモンなど多種のホルモンを分泌し、成長や代謝、生殖機能、ストレス応答、乳汁分泌などを制御する内分泌の要です。シグナル分子や転写因子の遺伝子異常は、小児慢性特定疾病ならびに成人の指定難病でもある下垂体機能低下症の原因となります。一方で、近年、細胞小器官である一次繊毛の異常に起因する骨格形成異常(繊毛病)の患者において、下垂体ホルモンの分泌低下を呈する症例が報告されました。しかしながら、細胞小器官である一次繊毛の異常と下垂体の機能異常の関連性は証明されていませんでした。


【研究手法と成果】
そこで、本研究では、一次繊毛の異常を呈するモデルマウスを用いて、一次繊毛が下垂体の形成やホルモン産生細胞の分化に関与することを個体レベル証明することを目指しました。

本研究から得られた主な成果は以下のものです。

・    著者らが作出した一次繊毛の異常を呈するマウス(リン酸化酵素DYRK2の欠損マウス)では、すべての下垂体前葉ホルモン産生細胞(GH, PRL, TSH, ACTH, LH/FSH産生細胞)に分化異常が生じ、細胞数が低下することを見出しました。
・    さらに、一次繊毛の異常は、ホルモンの分泌に必須な血管系の異常を呈することを明らかにしました。
・    野生型ならびにDYRK2欠損マウスの下垂体組織を用いた遺伝子発現解析から、一次繊毛の異常は、発生過程の下垂体において、Hedgehogシグナルの低下を引き起こすことを見出しました。
・    一次繊毛の異常によるHedgehogシグナルの低下は、下垂体ホルモン産生細胞の分化を制御する転写因子(LHX3/LHX4/PROP1)の発現低下を引き起こし、ホルモン産生細胞の分化不全を誘導することを明らかにしました。
・    さらに、細胞外マトリクス(ECM)の発現低下を介し、血管系の構築に必須な血管内皮増殖因子(VEGF)シグナルの低下を引き起こすことを示しました。

以上のことから、一次繊毛の異常は、Hedgehogシグナルの低下を引き起こし、転写因子ならびに細胞外マトリックスの低下を介して、下垂体ホルモン産生細胞の分化ならびに内分泌に必須な血管形成不全を引き起こすことが示されました。

【今後の応用、展開】
本研究では、一次繊毛の異常を呈するマウスモデルを用いて、一次繊毛の異常が下垂体のホルモン産生細胞ならびに内分泌に重要な血管系の形成異常を呈することを証明しました。内分泌の要である下垂体の正常な機能構築に一次繊毛が関与するという本研究成果は、下垂体機能不全と繊毛病の関連性を示しています。さらに、知見の少ない繊毛病患者における下垂体機能異常のみならず、これまで原因の明らかでなかった特発性下垂体機能低下症の病態理解や新規な治療法の開発につながることが期待されます。

 

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