【文京学院大学オピニオンレター】伝統工芸産業発展に向けた方向性

学校法人文京学園

100年後に残る伝統工芸とは

文京学院大学 オピニオンレター Vol.16 提言者:川越 仁恵 (経営学部准教授 専門:伝統産業史、工芸技術史、歴史民俗学) 東京都美術館交流係専門調査員、日本経済大学経営学部経営学科専任講師等を経て、2016年より現職。主な研究テーマは、伝統工芸産業の歴史と現状、工芸デザインと技術、渋沢敬三の実業史博物館経営史資料の研究。新しい伝統工芸をプロデュースする事業「TOKYO CRAFTS & DESIGN」(東京都美術館主催)を手がけ、グッドデザイン賞を受賞。著書・論文に「伝統工芸の現状と課題 ―新意匠開発を中心に」(『東アジア経営管理学会』実践経営学会東アジア経営研究会、2014年)等。 ■伝統工芸産業のいま 近年、訪日外国人数は増加の一途をたどり、政府は訪日外国人旅行客を2020年までに年間4,000万人達成を目指しています。訪日客増加を後押しするもののひとつが、伝統工芸品です。伝統工芸品はアニメや食文化とともに「クールジャパン」と称され海外で人気があり、政府も観光資源として積極的な活用を検討しています。 海外から熱い視線が注がれる伝統工芸ですが、国内では厳しい現実に直面しています。生活様式の変化や海外からの安価な輸入品等の増加に伴い需要が低迷、企業数・従事者数は減少し、生産額も年々落ち込んでいます。 伝統工芸産業が活気を取り戻し、100年後も伝承されるためには、どうすれば良いのでしょうか。美術館学芸員や新作工芸品のプロデュース、新潟県の伝統工芸品再生に携わってきた経験を踏まえ、今後、伝統工芸産業の発展に求められるポイントを4つの視点から考えてみたいと思います。 ■伝統工芸の発展に向けて 1. 素材を最大限活用したオンリーワンの創出 まず伝えたいことは、伝統工芸品の素材がもつ可能性を見つめなおし、新たな可能性を引き出して、オンリーワンの工芸品を創り出すことです。私たちの身の回りは優秀な工業製品であふれており、消費者は利便性の高い道具を気軽に手に入れ、生活を便利で気兼ねのないものにしてきました。従って高価な伝統工芸品と安価な工業製品を比較して消費者が明確な差を見いだせない場合、消費者はまず安価な商品を選択しがちです。いかに伝統工芸品の制作に技術が結集して時間や手間がかかっていても、効果が実感できなければ消費者は対価を払うことはありません。伝統工芸品が生き残るためには、工業製品と比較自体が不可能な美点を持った商品を目指し、素材特性の考究と活用が求められます。 ここで、素材の持つ可能性を見つめなおすことで差別化を図ることができた具体例をご紹介しましょう。江戸時代から続く新潟漆器では、長年、外部から見ると他の漆器生産地との違いを判別しづらい工芸品を創っていました。しかし、下地の段階で竹の節等を錆で作り、漆で竹の模様をつけるという他の産地には無い独自の技法を持っていたため、新潟漆器だからこそ制作できるものがないか職人と話し合いを重ねました。その結果、独特の技法を生かして、金属のような存在感と重厚感を表現しながら非常に軽い器「朧銀塗(おぼろぎんぬり)」が誕生しました。幕末から伝わる独自の技法を駆使して、現代の洒脱な風格を持ち合わせた他では見ない新作工芸品です。 私の経験では技術の優れた職人ほどこのオンリーワンを追い求め、素材を生かす最たる勘どころを心得ていると思います。伝統工芸産業では、職人たちが日々素材と向き合って、幾多の挑戦が日々失敗し、時に成功しています。深く素材の声をくみ取り、さらに深く表情を読み取る職人だけが、今後も価値のある工芸品を創造していけるのではないでしょうか。 2.作り手と買い手との新しい仕組みづくり 2点目が作り手と買い手との新しい仕組みづくりです。前述のようにいくら素材の可能性を最大限引き出した伝統工芸品を創っても、それが人々の目に触れず、世の中に伝統工芸品の魅力が伝わらなければ意味がありません。しかし、大多数の職人は個人事業者や中小事業者のため、営業活動に注力してデザイナーや小売店など伝統工芸品の企画・開発や流通に関わる外部関係者と積極的な交渉を行ったり、独自ルートを持っていたりするケースは稀であり、各所の巻き込みや販路の開拓を単独で行うことは困難です。加えて、これまでは既に完成した工芸品を見本市へ出展して買い手を探すシステムが多く、いざ工芸品をつくっても販売に直結しにくいことが難点でした。 このような現状を受け、私は職人と関係各所のリレーションを構築し、確実に伝統工芸品を消費者に届けられるスキームづくりを行ってきました。例えば、「21世紀鷹峯フォーラム」2015年と2016年の企画のひとつとして実施した「つくるフォーラム」です。「つくるフォーラム」とは使う目的と納品先を明らかにした、新しい公募システムです。発注する側には要件を満たす最適な作り手を見つけ出し、作り手には、仕様・規格で注文されるOEMではなく、それぞれの強みや独自性をふまえた顔の見える発注者に出会う場となります。 一般消費者に限らず、企業でも記念品や贈呈品のアイテムとして伝統工芸品のニーズは存在します。最初に要望と納品先を明らかにするこの新しい枠組みは、買い手の企業は要望に応じたオリジナルアイテムを作れ、作り手の職人は買い手のニーズに応じて、自身の強みや独自性を生かした一品を創ることができて在庫を抱えるリスクが無く、両者にとってメリットがあります。さらに作り手にとっては、新作づくりに挑戦する機会にもなり新たな作り手支援の役割も果たします。 このように職人と伝統工芸産業に関わる関係各所がwin-winになるような関係性を構築し、確実に工芸品の魅力を世の中へ伝えるスキームが必要です。買い手と作り手とを結ぶ環境づくりが、ものづくりの活性化を促進できるのではと考えています。 3.問屋のプロデューサー力向上 3点目は、問屋が流通に特化するのではなく、企画力も持ち合わせることです。伝統工芸産業における問屋とは、全国津々浦々の伝統工芸の産地と繋がっている問屋が「産地問屋」、小売店と密接に関わっている問屋が「消費地問屋」と呼ばれます。問屋が存在しない沖縄県の琉球漆器など例外はありますが、基本的にこの消費地問屋と産地問屋の取引によって産地から消費地へ品物が流通します。最近、問屋の役割は流通に特化する傾向にありますが、かつて伝統工芸産業では社会の動向や消費者のニーズの把握を問屋が行うケースが多々ありました。しかし現在は、問屋が外部の情報を的確に汲み取り、伝統工芸品の開発に生かされているとは言い難い状況です。 私は、伝統工芸品が現代の生活に合わないという点こそ伝統工芸産業が衰退している最大要因と考えています。さらに現在は優れた比較的安価な工業製品が容易に手に入るため、人々が伝統工芸に何を求めているかを的確に掴み、伝統工芸だからこそ提供できる価値を提供しなければなりません。いくら作り手や問屋が一方的に「この工芸品は価値がある」と言っても、消費者が魅力やニーズを感じるものでなければ意味が無いのです。問屋が持つ流通の機能は残しつつ、世の中のトレンドや潮流を把握し商品に落とし込むマーケティングの役割も問屋が担い、職人とともに新作開発と産業全体の発展へ昇華させていくことが必要ではないでしょうか。 4.商店の利益追求のみでなく地域活性化も目指す 4点目は現在目標としているのですが、商品開発に知恵を出すとき、商品に人気が出て売れることはもちろんですが、開発した会社だけが儲かる仕組みではなく、地域にも良い波及効果があるプロジェクトにすることです。 例えば、新潟県長岡市の国指定「越後与板打刃物」の組合で女性向け大工道具「TANTON」の新商品の開発は好事例のひとつです(http://tanton-yoita.com/)。昨今手作りがブームで趣味の大工仕事も本格化しています。女性もプロ並みの力量を見せ、「本当に欲しいものは自分で作るしかない」と男性のプロ大工も顔負けの品々を手がけています。クリエイティブな作品を生み出すには良い大工道具が欠かせません。これまで市場に出ている「女性向け」を謳う大工道具は、ただ軽く・短くし、小さく可愛くしただけのもので、そのため大工道具としての使いやすさが損なわれている、という見方に立脚しました。そこで「真に女性が使いやすい大工道具とはなにか」を越後与板打刃物匠会で考え、女性の平均的な前腕・手のひらなどデータを集めました。加えて女性に大工仕事を実際してもらい、手首回転時の直径・のこぎりを引く動作時の地上から支点までの高さなどを計測し、道具の大きさ重さを変えて、動作のやりにくさ、やりやすさを検証しました。その結果、道具は女性のライフサイズに規定されるものの、最も力の入れすい長さ・太さを考慮に入れるべきで、やみくもに短く軽くしてもよい商品にはならない、という結論に達しました。そして最も使いやすい重量・カタチを割り出して、女性の身体にフィットする商品を生み出したのです。 商品開発だけにはとどまらず、商品を使って木工品を作ってもらおうと、越後与板打刃物匠会主催で「木工女子集まれ!与板の自然の中で木工合宿」を立案しました。木工大好き女子が与板町へ来て、美味しいものを食べつつ、清々しい空気に青々と広がる田んぼを見ながら農村でクリエイティブな一日を過ごしてもらおうと企画しました。これは商品の良さを知ってもらい購入につなげるプライベートショーのような役割を主軸とする一方で、参加者は観光客として地域で食べ楽しむツアー企画にもなっているのです。 せっかく開発した新商品ですから、商品だけを売って「点」で儲かるのではなく、地域という「面」も活性化する商品開発であってほしいと願っています。伝統工芸は地域あっての産業です。これも伝統工芸品が工業製品とは異なる部分のひとつでもあります。東京都美術館TOKYO CRAFTS & DESIGNで「質が高く、商機に乗った伝統工芸品の創出」を経験し、今では「儲かったその先のこと」を考えるようになりました。商品開発で生じた活気や商機を地域に還流すべきだと近年思い至り、必ずイベントやワークショップとセットで提案するようにしています。 ■100年後に残る一品を 2020年「東京オリンピック・パラリンピック」までは、海外からの注目と国や自治体からの補助金によって伝統工芸産業は今活気づいています。しかし、その後のポスト2020年をどうするかを真剣に考えなくてはなりません。2020年以降、私は職人も産地も数が現状よりダウンサイズすることは免れないと予測しています。業界全体の縮小がやむを得ない中、伝統工芸の枠内でどう革新していくかが求められているのです。まずは損益を恐れず、時代のニーズをキャッチした唯一無二の一品を希少価値が高まる少量生産で創り出し、世の中へ訴求していくことこそ、伝統工芸が生き残る道だと思います。 <文京学院大学について> 文京学院大学は、東京都文京区、埼玉県ふじみ野市にキャンパスを置く総合大学です。 外国語学部、経営学部、人間学部、保健医療技術学部、大学院に約5,000人の学生が在籍しています。本レターでは、文京学院大学で進む最先端の研究から、社会に還元すべき情報を「文京学院大学オピニオン」として提言します。 <本件に関するお問い合わせ先> 文京学院大学(学校法人文京学園 法人事務局総合企画室) 三橋、谷川 電話番号: 03-5684-4713

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