青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 長谷川美貴教授、小嶋匠さん(研究当時、博士前期課程2年)らの研究グループは、北里大学 理学部 化学科 長谷川真士教授のグループ等との共同研究により、コガネムシ(アオドウガネ)の翅がもつ左巻きのらせん構造をプラスチックフィルムに転写し、それ自体は光学活性を持たない(ラセミ体の)テルビウム錯体と組み合わせる(図1)ことで、円偏光発光(CPL)*¹を導出することに成功した。この成果は、国際学術誌「ChemPhotoChem」(Wiley)に掲載された(日本時間2026年9月16日)。
【研究成果のポイント】
◆これまでフィルム上で強い円偏光発光(CPL)を維持することが難しいとされていた分子性材料開発における新しいアプローチを発見
◆ 発光性分子の不斉に依存しないリジッドな状態のCPL素材(TbRep)を開発し、そのCPL発現機構を明らかにした
◆ 生物(コガネムシ)がもつ天然の構造をそのまま活用することで分子にキラリティを考慮することなく円偏光発光を実現でき、さらに鋳型のキラリティを反映することを示した
図1 自然界のマイクロ構造体を鋳型とした円偏光発光を増強するプラスチックフィルムの開発
【概要】
本研究は、これまでフィルム上で強い円偏光発光(CPL)を維持することが難しいとされていた分子性材料開発における新しいアプローチのひとつとして位置づけられる。従来、CPL材料の開発は、発光する分子自体に不斉*²(キラリティー)を導入することが中心に行われてきた。これに対し、分子そのものは不斉を持たない発光性錯体を用いながら、天然に存在するキラルな光学構造を鋳型として利用することでCPLを生み出す研究は、転写する構造の選定や、構造をそのまま機能として引き継がせる技術が確立されていない未踏の分野のひとつである。今回、コガネムシの翅がもつ、光を選択的に反射する規則的な構造(フォトニック結晶構造)をポリビニルアルコール(PVA)フィルムに転写し、そこにキラリティーを持たない希土類(テルビウム)錯体を溶かした別のポリマー(コロジオン)を埋め込むことで、発光性分子の不斉に依存しないリジッドな状態のCPL素材(TbRep)を開発し、そのCPL発現機構を明らかにした。
この成果は、生物がもつ天然の構造をそのまま活用することで分子にキラリティを考慮することなく円偏光発光を実現でき、さらに鋳型のキラリティを反映することを示した点に大きな意義がある。2種のポリマー、PVAは洗濯糊の主成分であり、コロジオンはセルロースとして分類される素材で、環境負荷の低い材料でもある。
図2 鋳型として用いたコガネムシ(アオドウガネ)の翅の断面のSEM画像(左)。TbRepの発光スペクトル(右)。紫外線照射によりテルビウムTbに由来する強い緑色発光が目視でき、これが選択的に左円偏発光を強く示すことを発見した。
【産業・研究への貢献】
本研究成果は、有機ELに代表される次世代ディスプレイの反射防止フィルム、左右それぞれの眼に右円偏光と左円偏光の光を与えることによる立体映像(3Dディスプレイ・3Dメガネ)、反射光を低減し鮮明なカメラ撮影を可能にする円偏光フィルター(PLフィルター)などへの応用が期待される。また、量子コンピュータ、偽造防止タグ、光情報通信、微小がん組織検出、高感度センサなどの先端研究に寄与することが見込まれる。
【謝辞】
本研究は東京大学生産技術研究所 石井和之教授のグループとの共同研究により有益なCDスペクトル測定とその理解の機会を頂きました。また、九州大学ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 教授 高原淳先生に高分子化学に関し重要なご助言を賜りました。この場をお借りして感謝申し上げます。本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究「ソフトクリスタル」(JP17H06374、JP17H06375)および「動的エキシトン」(JP20H05832)、私立大学研究基盤形成支援事業、物質・デバイス領域研究拠点(課題番号:2114および2138)、日本電子株式会社、山田科学振興財団の支援により実施しました。また、青山学院大学CAT/CAIRセンターに感謝申し上げます。
【論文情報】
タイトル
“Chiroptical Properties of Racemic Terbium Complexes Encrypted by Scarab Beetle’s Elytra"
著者
Nikita Madhukar, Takumi Kojima, Reo Ohno, Kei Murata, Hitomi Ohmagari, Daiki Tauchi, Masashi Hasegawa, Kazuyuki Ishii, and Miki Hasegawa*
掲載ジャーナル
ChemPhotoChem
DOI
https://doi.org/10.1002/cptc.70276
【用語解説】
*¹ 不斉(キラリティ):右手と左手のように、組成が同じでも各要素の配置が鏡像関係であるもの。
*² 円偏光発光(Circularly Polarized Luminescence, CPL):右回りと左回りの円偏光で発光強度が異なる現象。不斉(キラリティ)を持つ分子や分子集合体の場合に発現することが多い。
【参考URL】
長谷川美貴教授研究者情報
https://researchmap.jp/read0161615
長谷川研究室 (青山学院大学理工学部化学・生命科学科) WEBサイト
https://www.agnes.aoyama.ac.jp/chem/hasegawa/
長谷川真士教授研究者情報
https://researchmap.jp/masasi
長谷川研究室(北里大学理学部化学科分子機能化学研究室)WEBサイト
https://www.kitasato-u.ac.jp/sci/research/faculty/?c=laboratory_topics&lab_pk=1694482596
【本件に関する問い合わせ先】
<研究に関すること>
青山学院大学教授 長谷川美貴
E-mail: hasemiki@chem.aoyama.ac.jp
<取材に関する問い合わせ先>
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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