【ニュースレター】<ヤマハ発動機の原点 第1回>「企業目的“感動創造企業”のルーツ、初代社長川上源一が追い求めた人生哲学とは?」

ヤマハ発動機株式会社

歴史シリーズ「ヤマハ発動機の原点」を始めます
 現在の事業、製品、取り組みを紹介してきたニュースレターで、今月から当社の歴史をご紹介するシリーズ「ヤマハ発動機の原点」を始めます。歴史を振り返り原点を紐解くことで、当社が現在取り組んでいる活動を点ではなく線として、深い理解につなげていただきたい―。そんな思いから、今後歴史シリーズを随時お届けします。
 
ヤマハ発動機・創業者の川上源一

 第1回目はヤマハ発動機の創業者・川上源一の人生哲学に焦点を当てたストーリーをお届けします。1955年7月に創立した当社は、昨年7月から今年6月までを70周年イヤーとしています。記念イヤーの節目に、川上の精神が現在の事業活動にどう受け継がれているかをたどり、原点を探りたいと思います。
 
アーチェリーに熱心に取り組んだ川上源一。日本アーチェリー協会の会長としてその普及も積極的に行った

“エピキュリアン”という生き方
 “人生を徹底的に楽しむ人”を意味する「エピキュリアン」という言葉があります。古代ギリシャ哲学に由来するこの言葉を、川上源一は自身の生き方の考えに据え、趣味も仕事も徹底的に楽しんでいたことが、当時の社内史料などに記されています。
 「社長はあらゆるものに積極的に興味を持った。そしてみずから積極的に体験して行く。そしてみずから確信して初めて商品化に移す」。当社の源流である日本楽器製造の社史の中で、生前の川上の人柄の一面を関係者はこう語っています。
 趣味でアーチェリーに熱心に取り組み、その腕も一流だったという川上は、日本アーチェリー協会の会長としてその普及にも尽力しました。日本楽器製造時代は、アーチェリー部の活動にも積極的に参加、自身がアメリカから持ち帰った洋弓を手掛かりに、社内関係者に弓の研究・製作の着手を命じ、1959年にFRPを使ったアーチェリーの弓を誕生させました。このFRPとは、後に当社のボート製品などで使われる繊維強化プラスチックのことです。
 
自ら率先して製品のハンドルを握った川上源一。初の2気筒エンジンを搭載した「YD-1」の東京での発表会に
向かう道中=1957年2月、静岡県宇津谷峠(現在の宇津ノ谷峠)

「楽しさの本質を自ら知り、伝える」
 あらゆるものに興味を持ち、時代を読みビジネス展開をしてきた川上が経営者として残した実績は、当社が現在グローバルに製品展開する上での礎となっています。「人々の生活を豊かにしたい」という大きな信念も持ち続けていた川上は、生活を楽しむことを拡げるため、製品だけでなくリゾート開発も手掛け、宿泊施設の建設などにも取り組みました。その中で、お客様に提供する料理について“グルメ“とは一線を画した独自の料理思想を記した「エピキュリアン料理」という本も出版。食の領域に至るまで、楽しさを探求する姿勢を貫きました。
 「生活を楽しむ」「人々の生活を豊かに」―。1955年に川上がヤマハ発動機の初代社長に就任して以降追い求めてきたこの考えは、時代を超え、当社が現代で掲げる企業目的「感動創造企業」の源流として受け継がれています。

 
宿泊施設のお客様に提供する料理について記した川上源一の著書「エピキュリアン料理」
 
■【ニュースレター】<「ヤマハ発動機の原点」>シリーズでは、ヤマハ発動機に関する人物、製品、事業について、歴史の観点から紹介します

【参考文献】
・「社史」(昭和52年7月1日第一刷/発行者 日本楽器製造株式会社)
・「エピキュリアン料理」川上源一著(文芸春秋)
・「川上源一に学ぶ 第三回チャレンジ展『川上源一記念展』の記録」(非売品)
・公式HP(マリン事業のあゆみ「ボート」) https://www.yamaha-motor.co.jp/marine/history/boat/
 

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