「マーケティング」「会計」「ライセンス」から見える課題とは
文京学院大学 オピニオンレター Vol.9
提言者:公野 勉 (経営学部教授 専門:コンテンツ・プロデュース、コンテンツ・クリエイティブ、スタッフ・マネジメント)
日本大学大学院法学研究科政治学専攻。1993年、円谷プロダクション入社。東北新社、ギャガ・コミュニケーションズを経て、日活へ籍を移す。過去に『鮫肌男と桃尻女』『レディ・ジョーカー』等を手がけたほか、『劇場版ポケットモンスター』では製作に参画。日活では取締役として映像開発本部本部長・配給部長兼製作部長を務める。2010年から現職。現在は、アニメーション・実写映画の企画・制作を行う株式会社白組のコンテンツ・スーパーバイザーも務める。
■国内映画ヒットの裏で
昨今、邦画市場が活況と言われています。日本映画製作者連盟によると、2014年は多くのヒット作に恵まれ、興行収入が1,207億円(前年比2.6%増加)となり、洋画と比べると6割近いシェアとなりました(※)。洋画の興行収入を初めて上回った2006年以来、邦画市場は好調な推移を示しています。
一方、業界内に目を向けると、数々の制作会社が経営難に陥っており、業界全体が好調とは言い難い現状があります。2015年9月には「呪怨」「リング」など数々のヒットホラー映画を手掛けたオズが破産手続き開始決定を受け、翌月10月にはアニメ映画を手掛けるマングローブが自己破産申請の準備に入ったと報じられました。
クールジャパンの旗印のもと、政府が推し進める重要なコンテンツ産業の一つである映画産業に今何が起こっているのでしょうか。本レターでは、日本の映画産業の現状について解説し、業界が抱える課題をひも解きながら、映画産業が永続的な発展を遂げるための方向性を考えてみたいと思います。
【出典】
※ 一般社団法人 日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/index.html
■企画と資金調達先の多様化
本題に入る前に、現在の映画産業の構造をご紹介しましょう。かつてはメジャーと呼ばれる東宝、松竹、東映など大手製作会社が企画や製作資金調達も一社で行っていました。しかし近年は、製作費高騰と企画の多面化が理由で、複数企業が資本提供する製作委員会方式(添付図参照)が主流です。小説や漫画、テレビドラマの原作を映画化など企画が多面化しているため、原作の版権を持つテレビ局や出版社、広告代理店が出資して製作費を募り製作委員会を構成しています。
■映画産業が抱える課題
私は90年代から、プロデューサーとして作品に携わってきたほか、2000年代からは配給・製作会社の経営者としても映画づくりに携わってきました。現場に携わった経験と、現在の映画産業を専門とする研究者としての視点を踏まえ、業界の課題と考えられ得る解決策を「マーケティング」「会計」「ライセンス」の3つの視点からひも解いていきたいと思います。
1.マーケティング戦略の脆弱性
まず1点目として、市場動向や人々のニーズを把握した上で作品を正確に分析し、作品を世の中に売り出すマーケティング戦略の立案が挙げられます。映画産業の場合、映画をプロデュースする立場の人間が、作品に特段強い思い入れを持っていたり、コアな原作ファンだったりするケースが珍しくなく、個人的主観を排除したマーケティング設計が必要です。
安定して好調をキープしている大手製作会社の中でも他社より頭ひとつ抜きん出ている企業の一要因として、作品が持つ強み・弱みを冷静に判断できる練度の高さが挙げられます。立案したマーケティング戦略をもとに宣伝費を最適化させ、長年培われたメディアとの連動力を駆使し、世の中への作品の訴求効果を最大化させてきました。
映画づくりは、「エンターテインメント、芸術に携わっている」という思いによって個人の冷静さや判断がぶれてしまうことがあり、それが映画を扱う一種の恐ろしさかもしれません。
2.収益構造の変化による破綻
2点目が収益を担保する枠組みの構造変化です。最近はHDDの高画質録画や映像アップロード技術の向上によって、一般の人々がテレビやWEBで作品を自由に視聴できる環境にあり、例えばアニメ作品等の場合、DVDなどビデオグラムの売上は大きく低減しています。早ければ放送2週目程度で顧客が離脱する“オワコン化”の理由には、内容よりも作品の構成要素である声優の人気のみに依存した企画が増えている点も要因の1つとして挙げられますが、声優には放映期間中のイベント集客とその物販などにおける強い二次的商品力があるために依存せざるを得ず、長期に渡って作品全体の魅力の浸透を図ることで促進していたビデオグラム売上によって制作費を補填するという、従来の方法が通用しなくなっているのが実情です。
この収益構造の変容が、昨今の制作会社の相次ぐ破綻にもつながっています。制作会社の破綻には2パターンあり、1つ目はクリエイティビティを追求しハイコスト化するあまり、支出が収入を超え赤字化するパターンです。
昔より視聴者の目が映像に肥え、更に質の高い映像を生み出すために制作費の高騰が常態化しています。クオリティを求めるあまり作画枚数が増え予算超過に陥りやすい中、映像制作費が孫受け、曾孫請けとなり、下へ下へと圧縮傾向になっているのです。また、アニメ作品は人気声優の多数起用によって、音響制作コストも増加傾向です。興行面でも映画館の客入りや二次利用等の収入見込みは公開後でないと確実性がなく、事前に赤字補填ができない構造も要因として挙げられます。
2つ目は作品に出資して版権資産を保持するパターンです。作品著作権の出資応分を有する場合、作品がヒットしなければ出資分のキャッシュは未回収となり、版権償却の自社基準によって帳簿上は出資分が資産化されたままなので、PL(損益計算書)上は黒字でも運転資金のための借入等が重なり、結果的に多重債務化します。冒頭で述べたオズやマングローブの倒産は恐らくこのパターンに該当します。
安定した収益を担保するには、予め赤字の補填ができるような映画製作現場の実情に適した決算基準の構築など、映画業界内独自の基準を検討し、業界内外へ提言していくことが産業全体への一助になるかもしれません。
3.ライセンス集中と権限拡大
3点目がライセンス面の課題です。近年はテレビ局に映画関連の版権が集中する傾向にあります。地上波放送権利のほか、テレビ局が二次使用の許諾権などを持つことが珍しくありません。本来は制作会社から放映権を購入するスタイルであるべきなのですが、作品に出資製作をする受発注形式の製作事業となっており、諸権利を総括する制作会社から権利を包括した形でコンテンツを受領、二次利用などの許諾権利を獲得、テレビ局がマーチャンダイジングの窓口となるケースが増えています。さらに製作委員会方式の主流化により、テレビ局やディストリビューターが幹事となり、映画の著作権の代表行使権を初めから有するケースも珍しくありません。映画作品は基本的に製作者(企画発案して資金を募り、作品を作り商品として販売する者)に著作権が帰属します。つまりプロデューサーや監督個人ではなく、製作会社や製作者たるテレビ局に著作権が帰属するのです。これは映画などの映像製作には多額の資金を伴うため、出資する映画製作者への配慮として高い回収力を付与するためです。しかし、日本ほどあらゆる企業が一作品へ出資してリスクヘッジする例も珍しく、逆にハリウッドでは諸権利の一社保有が一般的です。ただし米国は製作・配給・興行等の産業領域の法人重複を排しており、日本も同様に作品運用には別領域との平等な取引が必要な状態にしていかなければ、結果として特定会社のみに権利と利益が集中してしまうのが実情です。
他にもライセンスや権利の面では、原作者、クリエイター、俳優・声優などの権限が年々拡大している点もポイントです。原作者が原作により忠実な映像化を求めるほか、声優待遇改善運動の成果でギャランティーの基準が設定されて以降、アフレコ以外(宣伝やイベント等)の出演者のギャラや、高いランクの人気声優のキャスティング人数が増えて音響制作費が増化するなど、ステークホルダーたちのステイタスは年々向上しています。また、様々な企業や団体が作品に関わることで、原作者やクリエイターとの間に入るエージェントのマネジメント力の低下も懸念されます。確認や調整の交渉で窓口担当がうまく機能しなかったり、各所の担当者が会計や法理に慣熟しておらず、自社のみに有利な契約、あるいは原作者ではなく窓口担当者の趣味的な監修を行ってしまったりと、ライセンサーとライセンシーの間で揉めてしまうケースが散見されます。
素晴らしい映画作品を世に送り出し続けるためには、関係各所と友好的に関係性を構築し、自社有利的な窓口に対するリスクヘッジとして、各交渉やライセンスの公正取引を促す監視機関の設立が必要ではないでしょうか。
■業界内外からの取り組みが重要
今後も映画産業が発展するためには、これら3つの課題に真摯に向き合い、業界内外から解決に向けて取り組むことが重要です。産業構造の変化に順応しながら映画に携わる企業・団体・個人が映画産業発展に寄与する仕組みづくりを推進していくことが求められているのではないでしょうか。また、映画産業は元来が“劇場”であり、パブリックビューイング等映画以外のコンテンツを“ナマ”で楽しむ場としての機能を付加していくことが興行における産業温度の維持となり、映画産業の永続的な発展につながると考えます。
<文京学院大学について>
文京学院大学は、東京都文京区、埼玉県ふじみ野市にキャンパスを置く総合大学です。 外国語学部、経営学部、人間学部、保健医療技術学部、大学院に約5,000人の学生が在籍しています。本レターでは、文京学院大学で進む最先端の研究から、社会に還元すべき情報を「文京学院大学オピニオン」として提言します。
<本件に関するお問い合わせ先>
文京学院大学(学校法人文京学園 法人事務局総合企画室) 三橋、谷川
電話番号: 03-5684-4713