3.技術のポイント
オンチップTHz光電流測定:黒リンから発生した光電流をチップ上の伝送線路で光伝導スイッチへ導き、フェムト秒レーザーパルスで時間サンプリングしました。これにより、一般的な電子計測では観測できないサブピコ秒の電流波形を直接取得しました。
ゲート制御による光電変換機構の分離:高周波に対して実質的に絶縁性を示すZnO薄膜をゲートに用いることで、電流波形への影響を抑えながら、黒リンのキャリア極性を制御しました。これにより、ホットキャリアの直接取り出しと冷却後のキャリアによる従来の光起電力を明確に分離しました。
4.本成果の意義と今後の展開
本研究は、光励起によって生成されたホットキャリアを、冷却される前に光電流として直接取り出せることを実証したものです。超拡散そのものは金属、半導体、ペロブスカイト、二次元物質などで観測されていましたが、これを光電変換の原理として利用できることを示した点に新規性があります。
一般的な光電変換では、光励起キャリアの余分なエネルギーは熱として失われます。本成果は、そのエネルギーを失う前にキャリアを取り出す方法を示したものであり、光電変換効率の向上につながる新たな設計指針となります。また、ホットキャリアによる高速成分と冷却後のキャリアによる低速成分が共存するため、デバイス構造を工夫することで両者を活用できる可能性があります。
今後は、積層構造や電極材料の探索、導波路・金属ナノ構造などによる光吸収の増強を通じ、冷却前に電極へ到達するホットキャリアの割合を高めます。これにより、高速光通信、高効率光検出、イメージング・センシングへの応用をめざします。
論文掲載情報
掲載誌:Nature Communications 17, 6193 (2026)
掲載日:2026年5月13日(オンライン)
論文タイトル:“Sub-picosecond extraction of hot carriers in black phosphorus”
著者:Katsumasa Yoshioka, Taro Wakamura, Takuya Okamoto, and Norio Kumada
DOI:10.1038/s41467-026-72892-w
関連する過去の報道発表
[1] 2022年9月12日 「世界最速、グラフェン光検出器のゼロバイアス動作220 GHzの実現と光-電気変換プロセスの解明~広帯域高速光検出器材料としてのグラフェンの有望性を実証~| ニュースリリース | NTT」(
https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/09/12/220912a.html )
[2] 2024年7月22日 「世界最短グラフェンプラズモン波束の電気的発生・伝搬制御・計測に成功
~テラヘルツ周波数の超高速信号処理の実現に貢献~| ニュースリリース | NTT」
(
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/07/22/240722a.html )
<用語解説>
※1 黒リン:リン原子からなる層状半導体です。層を剥離して薄膜化でき、約0.3eVの狭いバンドギャップ、高いキャリア移動度、結晶方向に依存する光学・電気特性を持つため、赤外光検出器や高速光デバイスへの応用が研究されています。
※2 ホットキャリア/コールドキャリア:半導体が光を吸収した直後に生じる、格子温度より高い有効温度と大きな運動エネルギーを持つ電子・正孔をホットキャリアと呼びます。格子へエネルギーを渡してバンド端まで冷却した電子・正孔を、本研究ではコールドキャリアと呼びます。
※3 オンチップTHzエレクトロニクス:フェムト秒レーザーで作動する光伝導スイッチを用いて、チップ上の伝送線路を進むテラヘルツ周波数の電気信号を発生・検出する技術です。原子層・二次元物質を回路に組み込むことで、その電気応答を時間領域でサブピコ秒まで測定できます。
※4 ゼロバイアス:光検出器のソース・ドレイン電極間に外部電圧を印加しない動作条件です。暗電流と消費電力を抑えられるため、低雑音・低消費電力動作に有利です。
※5 超拡散:光励起直後の高エネルギーキャリアが、通常の熱平衡状態の拡散より著しく速く空間的に広がる現象です。本研究では、この超拡散により正孔が冷却前に金属電極へ到達し、光電流として直接取り出されると考えられます。
※6 NTT R&D FORUM 2026 https://www.rd.ntt/forum/2026/
※7 動作帯域:光検出器が高速に変化する光信号へどの程度追従できるかを示す性能指標です。本研究では、高速フォトディテクタ分野で一般的に用いられる評価法に基づいて動作帯域を評価しています。値が大きいほど、より短い光信号を電気信号へ変換できます。