【発表のポイント】
● 歴史学、工学、理学の研究者が分野横断的に協働して1908(明治41)年の宮城県丸森町の地形をデジタル復元し、当時と現在の地形で雨が降った場合の洪水発生について、数値シミュレーションを実施しました。
● 現代までの堤防整備、盛土、蛇行した河道の直線化等の改修は、強い雨の場合は外水氾濫(注1)を抑える一方、比較的弱い雨では内水氾濫(注2)を助長させる場合があること、2019年の「令和元年東日本台風」のような極端な豪雨では効果が大幅に小さくなることが明らかになりました。浸水する市街地範囲が拡大していることも示されました。
● 本研究成果は、洪水のリスク管理には構造物の整備だけでなく、リスクコミュニケーションを含めた総合的な対策の必要性を示しています。
【概要】
日本を含む世界各地の河川流域では近代以降、蛇行した河道の直線化、盛土、堤防の整備などをすることで、本来は氾濫するような土地(氾濫原)を農地や市街地として利用してきました。しかし、このような長期的な地形改変が治水等にもたらす影響を定量的に評価した研究は多くはありません。東北大学災害科学国際研究所の Nilo Lemuel J. Dolojan 助教、森口周二教授らと名城大学の鈴木温教授らの研究グループは、宮城県丸森町を対象として、1908(明治41)年の地形をデジタル的に復元し、当時と現在の地形に同じ降雨条件を与えた際の高解像度の数値シミュレーションを行いました。その結果、堤防が河川の氾濫を抑える一方で、排水ができず内水氾濫が起こりやすくなるトレードオフの関係などが明らかになりました。
本研究成果は2026年9月14日に Journal of Hydrology: Regional Studies に掲載されました。なお本研究は東北大学と名城大学との包括連携協定の枠組みでの共同研究です。
【詳細な説明】
研究の背景
大規模な洪水災害が発生すると、浸水過程や洪水にさらされる範囲は河道改修、堤防、盛土、土地利用によってどのように変化したのか、しばしば議論されます。
日本では明治期以降の近代化に伴って、河道の直線化、堤防整備、道路・鉄道盛土などが広く進みました。これらは低地を頻繁な洪水から守る一方、氾濫原と河川の水理的なつながりを変化させ、洪水リスクと土地利用の関係にも影響を与えてきました。特に、洪水防御施設によって安全性が高まったと認識されることで、もともと洪水リスクの高い氾濫原で開発が進む現象は、「安全な開発のパラドックス(safe development paradox)」あるいは「堤防効果(levee effect)」と呼ばれています。
今回の取り組み
本研究では、こうした長期的な変化を定量化するため、宮城県丸森町の1908(明治41)年の地形を地形図や現地調査をもとに高解像度でデジタル復元しました。丸森町は、令和元年東日本台風(2019年10月)で阿武隈川の支流で外水氾濫と内水氾濫、および土砂災害の被害がありました。この台風を含め、近年に観測された35件の降雨イベントで数値シミュレーションを実施し、地形変化が洪水挙動に及ぼした影響を定量的に考察しました。
主に、下記に述べる三つのことが指摘できます。
一つ目は、堤防は「外からの水」を防ぐ一方、「内からの水」の排水を妨げる、ということです。河川堤防や盛土は、増水した河川水が市街地へ広がるのを抑えるための構造物です。しかし、水は一方向にだけ動くわけではありません。河川水位が堤防高を越えれば河川水が溢れて氾濫原側に流れ出る一方、降雨による地表水は氾濫原側から河川へ排水される必要があります。
明治期の地形では、氾濫原と河川の横方向のつながりが現在より保たれていました。現在の地形では、強い降雨時には堤防・盛土・直線化河道が外水氾濫を抑え、流域全体の最大浸水量を低減させました。一方、低強度の降雨では、これらの構造物が横方向の排水を妨げ、氾濫原側に雨水を滞留させることで、内水氾濫が増えるケースが確認されました。
丸森町の流域における本研究条件では、明治期地形と現在地形の平均最大浸水深の関係が逆転する閾値として、最大雨量強度約26.5 ± 1.2 mm/h、平均雨量強度約5.8 ± 0.6 mm/hが得られました。これは丸森流域固有の地形・河道形状・気候条件に依存する値であり、一般的な防災基準を示すものではありませんが、数値シミュレーションによる定量的な分析ならではの結果です。
二つ目は、浸水深は低下しても、浸水する市街地は拡大するという「安全な開発のパラドックス」です。明治期と現在の建物分布から抽出した市街地を比較すると、対象域の市街地面積は約358万m²から約637万m²へ、約78%増加しました。しかし、令和元年東日本台風(2019年)を除く34の降雨イベントでは、市街地の最大浸水面積は平均約110%増加し、ピーク浸水量も平均約92%増加しました。一方、市街地の平均最大浸水深は平均約11%(中央値約15%)低下しました。
つまり、河川改修によって浸水の深さが一定程度抑えられているものの、歴史的に洪水を受けてきた氾濫原へ市街地が広がったことで、洪水にさらされる市街地の範囲そのものは拡大したことを示しています。この結果は、堤防整備などによる安全性の向上が氾濫原の開発を促し、長期的には曝露を増やし得る「安全な開発のパラドックス(堤防効果)」と整合します。
三つ目は、極端な豪雨時には、構造物では防災・減災に限界があるということです。令和元年東日本台風の降雨条件として、丸森町の大内観測所の総雨量609 mm、最大雨量強度77 mm/hを用いました。シミュレーションの結果、現代の堤防・盛土の機能を上回る規模の洪水となり、明治期地形と現在地形の浸水分布が非常に近くなりました。流域全体で比較すると、ピーク浸水量は現在地形で +0.4%、最大浸水面積は -0.3%、平均最大浸水深は +4.2%であり、現在地形による正味の洪水低減効果はほとんど認められませんでした。
その一方、市街地では最大浸水面積が約109%、ピーク浸水量が約91%増加しており、このような極端事象では構造対策の機能が低下し、更に過去100年間の市街化による洪水曝露の増加は残ることが示されました。
研究上の留意点を述べます。本研究の明治期地形は、1908年の1:50,000地形図をもとに現在の数値標高モデルを修正して復元しました。一般化された基準地形であり、当時の地形を完全に再現したものではありません。また、雨水ポンプ、水門、暗渠などの能動的な排水施設はモデルに含まれていないため、現在地形の内水氾濫は実際より大きめに評価される可能性があります。したがって、本研究では絶対値よりも、同一条件下における明治期と現在の相対的な差を重視しています。
今後の展開
気候変動に伴って極端降雨の発生特性が変化し、洪水リスクのある地域で都市化が続くなか、堤防をはじめとする構造対策のみで洪水リスクをなくすことはできません。
本研究で構築した手法は、過去の地形を復元し、同じ降雨条件下で歴史地形と現在地形を比較することで、長期的な地形改変が洪水挙動と市街地の洪水曝露に与えた影響を評価できます。今後は他の流域への適用を進めるとともに、土地利用の適正化やリスクコミュニケーションなどの非構造対策、内水排除の改善を既存の河川整備と組み合わせた、流域全体での統合的な洪水リスク管理(流域治水)へ発展させることが重要です。
図1.地形復元(明治期と現在の比較)。(左)1908年の歴史地形図。(右)現在の地形図。現在では河道の直線化や堤防・盛土などの地形改変が進んでいる。
図2.内水氾濫と外水氾濫の相対的な優位性。平均最大浸水深(縦軸)と降雨特性(横軸)の関係を、明治期地形(青)と現在地形(赤)で比較した。高強度側(グラフ右側)では明治期地形の浸水深が大きく、現代の地形改変による外水氾濫低減効果が表れる一方、低強度側(グラフ左側)では現在地形の浸水深が大きく、内水排除を妨げる影響が表れている。
図3.中程度の中程度の降雨イベントにおける時空間最大浸水深と市街地分布の比較。(左)明治期地形、(右)現在地形。現在では浸水深が低下する一方、歴史的な氾濫原へ市街地(斜線部分)が広がり、洪水にさらされる市街地の範囲が増加している。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費(課題番号25K22138、24H00327)の助成、東北大学災害科学国際研究所災害レジリエンス共創センターの支援を一部受けて実施されました。また、東北大学のオープンアクセス推進のためのAPC支援事業の支援を受けました。
【用語説明】
注1.外水氾濫(fluvial flooding): 河川流量が河道の流下能力を上回り、河川水が周辺の土地へあふれることによって生じる洪水。
注2.内水氾濫(pluvial flooding): 局地的な降雨などにより、河川や排水系へ十分に排水されない降水が、地表にたまることによって生じる浸水。
【論文情報】
タイトル:Quantifying the Impact of Landform Modifications on Flood Hazards and Exposure: Event-Based Numerical Simulations Using Reconstructed Historical Terrain
著者:ドロハン ニロ レムエル フニオ(1) *、野村怜佳(1)、寺田賢二郎(2)、菅原大助(1)、川内淳史(1)、蝦名裕一(1)、鈴木 温(3)、溝口敦子(3)(1)、藤井幸泰(3)、小高猛司(3)、森口周二(1)
*責任著者:東北大学災害科学国際研究所 助教 ドロハン ニロ レムエル フニオ
掲載誌:Journal of Hydrology: Regional Studies
URL:
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S221458182600844X
DOI:
https://doi.org/10.1016/j.ejrh.2026.103946
(1) 東北大学災害科学国際研究所
(2) 東北大学大学院工学研究科
(3) 名城大学理工学部
【英語プレスリリース】
https://www.tohoku.ac.jp/en/press/past_vs_modern_flood_risk.html
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学災害科学国際研究所 計算安全工学分野
教授 森口周二
TEL: 022-752-2131
Email: shuji.moriguchi.d6@tohoku.ac.jp
名城大学理工学部 社会基盤デザイン工学科
教授 鈴木 温
TEL: 052-838-2531
Email: atsuzuki@meijo-u.ac.jp
(報道に関すること)
東北大学災害科学国際研究所 広報室
TEL: 022-752-2049
Email: irides-pr@grp.tohoku.ac.jp
名城大学 渉外部広報課
TEL: 052-838-2006
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▼本件に関する問い合わせ先
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メール:koho@ccml.meijo-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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