タンパク質の結晶のほとんどはねじれている! -微小な“ねじれ”の観測に成功-

 横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 阿部 満理奈(博士後期課程3年生)と鈴木 凌助教、橘 勝教授、小島 謙一名誉教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)平野 馨一准教授、広島大学大学院統合生命科学研究科 小泉 晴比古准教授らの研究グループは、世界で初めて、タンパク質結晶*1に存在する微小なねじれの観察に成功しました。
 本研究成果は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌(通称PNAS;⽶国科学アカデミー紀要)に掲載されました。(日本時間2022年5月17日)

研究成果のポイント
  • タンパク質結晶の微小なねじれを世界で初めて観測
  • ねじれの大きさとタンパク質結晶の品質との相関を解明
  • 結晶がねじれる原理解明に期待
  • ねじれの制御によるタンパク質結晶の品質向上にも期待
図1 ねじれているタンパク質結晶のモデル

研究背景
 近年、感染症の流行拡大が世界的な問題となるなど、病気の原因を解明すること、新薬を開発することは持続可能な社会の実現に向けて重要な役割を果たします。それらを実現するために、タンパク質の形や機能の解明に向けた研究が世界中で盛んに行われています。その手法の一つは目的のタンパク質の結晶を用いたX線構造解析です。解析の精度は結晶の品質に依存するため、高品質な結晶の作製が望まれています。
 結晶とは、ダイヤモンドやSi(半導体シリコン)の結晶に代表されるように、原子あるいは分子が規則正しく配列した固体状態を示します。本研究では、タンパク質の結晶において、結晶全体にわたって均一な“ねじれ”が存在していることを発見しました。結晶の“ねじれ”はこれまでにもいくつかの結晶において知られていましたが、今回発見された“ねじれ”は通常の手法では観察されない極めて微小なものになります。この“ねじれ”はタンパク質結晶に限らず、非対称な形状を持つ分子からなるすべての結晶に存在する、結晶本来の性質である可能性があります。本成果は、これまでの結晶のイメージを変えるような基本的でインパクトのある重要な発見です。

研究内容
 本研究グループは、大型放射光
*2施設の高エネルギー加速器研究機構「フォトンファクトリー(PF)*3」のBL-14BおよびBL-20Bにおいて、モデルタンパク質として知見の多いリゾチーム結晶の4つの結晶多形をはじめとして、タウマチン結晶、グルコースイソメラーゼ結晶、フェリチン結晶のデジタルX線トポグラフィ*4を行いました。デジタルX線トポグラフィでは、結晶を微小回転させながらX線の回折位置の測定を行いました。すると、リゾチーム結晶とタウマチン結晶において、特異なX線回折のふるまいが観測されました。具体的には、結晶の回転軸に沿ってX線回折位置が変化するふるまいです。これは、実験の幾何学的要因では説明できません。(図2)


図2 リゾチーム結晶のデジタルX線トポグラフ像:白いコントラストはX線回折が生じている領域(赤破線は結晶の外形に対応)。

 解析の結果、このふるまいは大きさが10-5度程度のタンパク質結晶の微小な“ねじれ”に起因していることが分かりました。この“ねじれ”は非常に小さいため、光学顕微鏡などの一般的な手法では観察できません。当研究グループが長年にわたって開発してきたデジタルX線トポグラフィ技術を駆使することによってはじめて観察可能となりました。この手法を用いることによって、これまで見逃されていた他の多くの結晶においても“ねじれ”の存在が明らかにできる可能性があります。
 さらに、結晶が大きいほど“ねじれ”が小さくなる“ねじれ”の緩和現象の観察にも成功し、結晶の“ねじれ”が小さいほど、結晶の品質が高いことも明らかになりました。これは、結晶の“ねじれ”を制御することで、結晶の品質向上が期待できることを示しています。
 一方で、同様の測定をグルコースイソメラーゼ結晶とフェリチン結晶で行ったところ、“ねじれ”の存在が確認できませんでした。この2種類の結晶は完全結晶であることが分かっています(関連論文参照)。図3に示すように、グルコースイソメラーゼ分子とフェリチン分子は球のような高い対称性を持つ形状であるのに対し、“ねじれ”の観測されたリゾチーム分子とタウマチン分子はいびつな形状(クロワッサン型)をしています。結晶に存在する“ねじれ”の起源は結晶を構成するタンパク質分子の形状であることが示唆されます。



図3 タンパク質分子の形状:(a)リゾチーム、(b) タウマチン、(c) グルコースイソメラーゼ、(d) フェリチン

 結晶の“ねじれ”の原因について、これまでにいくつかメカニズムが提案されていますが、そのほとんどが温度や圧力などの外的な環境因子により説明されています。今回発見された微小な“ねじれ”は、結晶が持つ本来の性質であり、より原理的で本質的な現象と言えます。近年、そのメカニズムとして「geometrical frustration(幾何学的フラストレーション)」モデルが提唱されています。本結果は、その概念のはじめての実験的な証拠となるかもしれません。

今後の展開
 本研究では、欠陥が存在しないタンパク質結晶の不完全性として、微小な“ねじれ”の存在が明らかになりました。デジタルX線トポグラフィ技術により、より多くの結晶の“ねじれ”の観察や性質が明らかにされることによって、“ねじれ”の原理解明につながります。また、 “ねじれ”の制御・抑制による高品質なタンパク質結晶の作製法の確立と、病気の原因解明や新薬の開発促進が期待されます。


研究費
 X線トポグラフィ測定はKEKのフォトンファクトリーBL-14B、BL-20B(Proposal Nos. 2019G103, 2021G022)にて行われました。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR1995)、JSPS科研費(16K06708, 17K06797, 19K23579, 21K04654)、池谷科学技術振興財団(0291078-A)事業の支援を受けて実施されました。


論文情報
タイトル:Existence of twisting in dislocation-free protein single crystals
著者:Marina Abe, Ryo Suzuki, Keiichi Hirano, Haruhiko Koizumi, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana
掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
DOI:10.1073/pnas.2120846119

用語説明
*1 タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく配列した結晶のこと。このタンパク質の結晶によるX線回折の強度を解析することにより、タンパク質分子の3次元構造を知ることができる。

*2 放射光:電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。X線の波長域を含む。

*3 フォトンファクトリー(PF):「光の工場」という意味の名で知られる、KEKのつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきた。国内外の大学等から年間3000人を超える研究者に利用されている。
*4 デジタルX線トポグラフィ:X線トポグラフィとは回折X線の強度の変化を用いて、結晶内の結晶欠陥を観察する非破壊の手法のこと。デジタルX線トポグラフィでは、従来のX線トポグラフィで使用するX線フィルムの代わりにX線のデジタル検出器を使用する。従来のX線トポグラフィでは困難な角度や時間の情報など、多角的なイメージングが可能となる。

参考文献など
Ryo Suzuki, Haruhiko Koizumi, Keiichi Hirano, Takashi Kumasaka, Kenichi Kojima, and Masaru Tachibana, Analysis of oscillatory rocking curve by dynamical diffraction in protein crystals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115 (2018) 3634.

Marina Abe, Ryo Suzuki, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana, Evaluation of crystal quality of thin protein crystals based on the dynamical theory of X-ray diffraction. IUCrJ, 7 (2020) 761.

タンパク質結晶における動力学的回折現象の観察に成功~より高精度な構造解析法の確立に期待~(横浜市立大学プレスリリース)
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2017/20180322Tachibana.html






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